HAIKU

2023.11.04
『アテはテンプラ カモカナ‼5』 加茂加奈・作&絵 弘文印刷・刊 

【ON THE STREET 2023/11月】 for HP  
『アテはテンプラ カモカナ‼5』 加茂加奈・作&絵 弘文印刷・刊 
今年の九月のある日、高知市内にある巨大なフードコートの片隅で小さな宴会が開かれた。出席者は以前、このコラムで紹介した四コマ漫画『アテはテンプラ カモカナ‼』の作者の加茂加奈さん、加奈さんのご主人のMさん、発行人で印刷会社社長のKさん、編集者のHさん、『カモカナ』を応援してやまない「ひまわり乳業」社長のYさん、そして僕の計六名である。
今年の『鴻』誌五月号に書いたとおり『アテはテンプラ カモカナ‼』は第一巻が出てから一年足らずで四巻が刊行されたが、何とこの九月に第五巻が出ることになった。漫画と俳句の二刀流というかなり変わった趣向の本が、こんなペースで刊行されるとは、大谷翔平もビックリの快挙(?)と言わざるを得ない。ことの成り行きは五月号を参照していただくとして、たった一度しかお会いしていない加奈さんとこれだけコラボ本を作ったのだからと、Kさんにお願いして第五巻の刊行日に高知でお祝いの席を設けていただいた。超個性的な面々が豪華な皿鉢料理を囲んでの賑やかな宴席となった。 
『アテはテンプラ カモカナ‼』は第一巻が高知を中心に二千部を売り上げ、地元のベストセラーとなった。第三巻以降、僕の俳句に加奈さんが一コマ漫画を描くというコラボがスタート。今回は僕の仲間の句もふくめて三十近い句が収録されている。高知新聞の書評によれば「俳句の風流とカモカナ漫画のファンキーな我流がミックスしている」とのことで、これまででいちばん面白いと評判になっているそうだ。今回、加奈さんに会って確かめたかったのは、まさしくその事だった。加奈さんの描く破天荒なキャラクターと俳句が、なぜうまくマッチするのか。飲んだり食べたりしながら、その謎を探ってみた。
 東京の美術学校に入学するが、母親の命令で卒業を待たずに高知に呼び戻されたことを加奈さんはこう語る。「『店の働き手としてお前を産んだんだから当たり前だ』と言われた」。夢を持って上京した二十歳前後の少女には、非情な言葉だったと思う。しかし加奈さんの語り口からは、恨みや怒りがまったく感じられなかった。漫画でお母さんは厳しくて怖い存在として描かれている。だがそれは老舗を取り仕切る女将としては当然の言葉で、加奈さんは母親をとても尊敬しているのではないかと思った。
 一方で加奈さんは高知に戻ってからも絵を描くことを止めなかった。「絵を描くのが好きだから、描いているときは本当に楽しい」。ハイペースでの執筆は「まったく苦にならない」そうだ。店頭で接客の合間にさっと四コマを描く。一本にかかる時間は十五分くらい。しかもネタには困らない。「この前、役所が働け働けってうるさいから雇ってくれって言ってくるお客さんがいたから、『わかりました。週五日で雇いましょう』って言ったら、『そんなには働きたくない』って。『やっぱり!(苦笑)』と思ったけど雇いました」。お願いしてくる客も凄いが、それを雇ってあげる加奈さんはもっと凄い。こうした濃いキャラが次々に店にやってくるから、描くことには事欠かない。 
それでも人手不足が続くので、加奈さんはベトナム人を雇おうと思っている。しかし実習生制度は現状、外国人に対して不当なものなので、正式な従業員として迎えようと考えているという。「働きたくないお客さん」と「働きたいベトナム人」の気持ちの両方が分かるところに、加奈さんの特長がある。
真面目さや狡さ、欲や無欲、勤勉や怠惰など、人間の矛盾をそのまま受け入れる。この底知れない肯定感が俳句に通じているのかもしれない。加奈さんが俳句に付ける絵はある意味、ベタなのだが、それがまたいい味を醸し出す。
早いピッチで呑む加奈さんはどんどん酔っていく。それにつれて話し声がどんどん大きくなっていく。思っていることを早口の土佐弁でまくしたてるものだから、こちらには半分も分からない。だが彼女が口はキツいが情に厚い人だということがひしひしと伝わってくる。Mさんのかまぼこの仕込みが午前三時から始まるので、もっと語りたい加奈さんを促して二人は帰っていった。
「川柳は他人を笑う。俳句は自分を笑う」という北大路翼の名言があるが、まさしく加奈さんの漫画は自分も含めておおいに笑っている点が素晴らしい。たとえば第五巻には次のようなエピソードがある。何年か前、酒に酔って骨折し、入院していた加奈さんは、友人の若い彼氏を病室に呼んで「早う結婚しちゃってや!」と怒鳴りつける。そのギブス姿の絵はなんとも間が抜けているのだが、その後、結婚した友人が子供を連れて現れるシーンは鮮やかな絵になっていて楽しくなる。それにしてもこの複雑なエピソードを四コマにまとめる構成力には恐れ入る。それは俳句の十七音という縛りに似ていて、四コマだからこそ笑えるのだろう。
もっとドラマティックな俳句があっていい。加奈さんとの二度目の逢瀬は、俳句の新しい可能性を感じる宴会となった。第五巻、面白いのでぜひチェックしてみてください。
「スナックのネオンの吃る霧の夜 雄一」(季語:霧 秋) 

                 俳句結社誌『鴻』2023年11月号 
              連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2023.11.04
『アテはテンプラ カモカナ‼5』 加茂加奈・作&絵 弘文印刷・刊 

【ON THE STREET 2023/11月】 for HP  
『アテはテンプラ カモカナ‼5』 加茂加奈・作&絵 弘文印刷・刊 
今年の九月のある日、高知市内にある巨大なフードコートの片隅で小さな宴会が開かれた。出席者は以前、このコラムで紹介した四コマ漫画『アテはテンプラ カモカナ‼』の作者の加茂加奈さん、加奈さんのご主人のMさん、発行人で印刷会社社長のKさん、編集者のHさん、『カモカナ』を応援してやまない「ひまわり乳業」社長のYさん、そして僕の計六名である。
今年の『鴻』誌五月号に書いたとおり『アテはテンプラ カモカナ‼』は第一巻が出てから一年足らずで四巻が刊行されたが、何とこの九月に第五巻が出ることになった。漫画と俳句の二刀流というかなり変わった趣向の本が、こんなペースで刊行されるとは、大谷翔平もビックリの快挙(?)と言わざるを得ない。ことの成り行きは五月号を参照していただくとして、たった一度しかお会いしていない加奈さんとこれだけコラボ本を作ったのだからと、Kさんにお願いして第五巻の刊行日に高知でお祝いの席を設けていただいた。超個性的な面々が豪華な皿鉢料理を囲んでの賑やかな宴席となった。 
『アテはテンプラ カモカナ‼』は第一巻が高知を中心に二千部を売り上げ、地元のベストセラーとなった。第三巻以降、僕の俳句に加奈さんが一コマ漫画を描くというコラボがスタート。今回は僕の仲間の句もふくめて三十近い句が収録されている。高知新聞の書評によれば「俳句の風流とカモカナ漫画のファンキーな我流がミックスしている」とのことで、これまででいちばん面白いと評判になっているそうだ。今回、加奈さんに会って確かめたかったのは、まさしくその事だった。加奈さんの描く破天荒なキャラクターと俳句が、なぜうまくマッチするのか。飲んだり食べたりしながら、その謎を探ってみた。
 東京の美術学校に入学するが、母親の命令で卒業を待たずに高知に呼び戻されたことを加奈さんはこう語る。「『店の働き手としてお前を産んだんだから当たり前だ』と言われた」。夢を持って上京した二十歳前後の少女には、非情な言葉だったと思う。しかし加奈さんの語り口からは、恨みや怒りがまったく感じられなかった。漫画でお母さんは厳しくて怖い存在として描かれている。だがそれは老舗を取り仕切る女将としては当然の言葉で、加奈さんは母親をとても尊敬しているのではないかと思った。
 一方で加奈さんは高知に戻ってからも絵を描くことを止めなかった。「絵を描くのが好きだから、描いているときは本当に楽しい」。ハイペースでの執筆は「まったく苦にならない」そうだ。店頭で接客の合間にさっと四コマを描く。一本にかかる時間は十五分くらい。しかもネタには困らない。「この前、役所が働け働けってうるさいから雇ってくれって言ってくるお客さんがいたから、『わかりました。週五日で雇いましょう』って言ったら、『そんなには働きたくない』って。『やっぱり!(苦笑)』と思ったけど雇いました」。お願いしてくる客も凄いが、それを雇ってあげる加奈さんはもっと凄い。こうした濃いキャラが次々に店にやってくるから、描くことには事欠かない。 
それでも人手不足が続くので、加奈さんはベトナム人を雇おうと思っている。しかし実習生制度は現状、外国人に対して不当なものなので、正式な従業員として迎えようと考えているという。「働きたくないお客さん」と「働きたいベトナム人」の気持ちの両方が分かるところに、加奈さんの特長がある。
真面目さや狡さ、欲や無欲、勤勉や怠惰など、人間の矛盾をそのまま受け入れる。この底知れない肯定感が俳句に通じているのかもしれない。加奈さんが俳句に付ける絵はある意味、ベタなのだが、それがまたいい味を醸し出す。
早いピッチで呑む加奈さんはどんどん酔っていく。それにつれて話し声がどんどん大きくなっていく。思っていることを早口の土佐弁でまくしたてるものだから、こちらには半分も分からない。だが彼女が口はキツいが情に厚い人だということがひしひしと伝わってくる。Mさんのかまぼこの仕込みが午前三時から始まるので、もっと語りたい加奈さんを促して二人は帰っていった。
「川柳は他人を笑う。俳句は自分を笑う」という北大路翼の名言があるが、まさしく加奈さんの漫画は自分も含めておおいに笑っている点が素晴らしい。たとえば第五巻には次のようなエピソードがある。何年か前、酒に酔って骨折し、入院していた加奈さんは、友人の若い彼氏を病室に呼んで「早う結婚しちゃってや!」と怒鳴りつける。そのギブス姿の絵はなんとも間が抜けているのだが、その後、結婚した友人が子供を連れて現れるシーンは鮮やかな絵になっていて楽しくなる。それにしてもこの複雑なエピソードを四コマにまとめる構成力には恐れ入る。それは俳句の十七音という縛りに似ていて、四コマだからこそ笑えるのだろう。
もっとドラマティックな俳句があっていい。加奈さんとの二度目の逢瀬は、俳句の新しい可能性を感じる宴会となった。第五巻、面白いのでぜひチェックしてみてください。
「スナックのネオンの吃る霧の夜 雄一」(季語:霧 秋) 

                 俳句結社誌『鴻』2023年11月号 
              連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店