HAIKU

2023.12.26
『AI俳句のいま』 『俳句界』23年10月号

『AI俳句のいま』 『俳句界』23年10月号  
 昨今、生成AIの話題が世間を賑わわせているのは、ご存知のとおり。文章を作成したり、絵画(CG)を描いたり、音楽を作ったり、生成AIは昨年の春あたりから目覚ましい活躍を始めるようになった。特に「チャットGPT」の使用が広がるにつれてその成果が歓迎されると同時に、警戒感も強まっている。
 今のところ生成AIは絵画や動画などの分野で存在感を増していて、絵画=コンピュータ・グラフィックスではいくつか賞を獲ったり、動画では本物と見分けのつかないフェイクニュースが社会問題になっていたりする。このコラムでも去年の十一月号で北海道大学が開発中の俳句生成AIの「AI一茶くん」を、今年の九月号で「チャットGPT」を取り上げた。絵画や動画に比べると俳句の生成AIはまだ発展途上といえるが、他のジャンルの例にもれず、今後の進化が早まりそうだ。そんなタイミングで俳句総合誌『俳句界』が十月号で『AI俳句のいま』という特集を組んだ。興味深く読んだので紹介しようと思う。 
 特集の冒頭[論考~AI一茶くんの進化]の項は、北海道大学大学院情報科学研究院調和系工学研究室の准教授・山下倫央氏が執筆を担当。二〇二一年に石川県加賀市で開催された「芭蕉祭山中温泉全国俳句大会」に六句を投句した「AI一茶くん」の成績を報告する。全八三五句の中で、「AI一茶くん」は以下の二句が入選を果たした。
「戦争を語りつくしてトマト食む」(季語:トマト 夏)
「万緑を破りて風の中にいる」(季語:万緑 夏) 
 このことで山下氏は、「AI一茶くん」が一定の質の俳句を生成できる可能性のあることを確認できたという。

 また「AI一茶くん」と「100年俳句計画」編集長キム・チャンヒ氏との共同創作の実験も行なった。まず「AI一茶くん」に夏の季語「蛍」を使った俳句を作らせる。すると「病人の枕もとなる蛍かな」や「体内を水流れゆく蛍かな」などの句が生成された。これらの句をヒントにチャンヒ氏が以下の句を作った。
「哀しさは体の中を飛ぶ蛍 チャンヒ」(季語:蛍 夏)
 チャンヒ氏は「AIに蓄積された膨大なデータから、突然変異のように新しい着想の俳句が生まれる可能性は十分にある」とし、「今後は(中略)俳句作りに『AIをどのように活用する』かが、課題の一つとなる」と述べる。山下氏も「(AIが)俳人の創造力に新たな刺激を与える可能性を秘めている」と記している。
 この特集で面白かったのは俳人・大塚凱氏が抄出した[AI一茶くんテーマ別作品集]だった。凱氏は「AI一茶くん」が作った句の中から、沢木欣一の社会性俳句の代表作「塩田に百日筋目つけ通し」に類似した句を選び出すよう命令する。もちろん「AI一茶くん」は沢木の句を学習している。
「百日紅妻子に意地を張り通し」(季語:百日紅 さるすべり 夏) 
「むだ口に二百十日の草抜きて」(季語:二百十日 秋)   
 「百日紅」の句は、「百日筋目」から「百日紅」を、「筋目つけ通し」から「意地を張り通し」を発想するあたりが、いかにも言葉の類似性から俳句を生成する「AI一茶くん」らしくて微笑ましい。
一方で「むだ口に」は、「百日」からの連想として「二百十日」が出てくるのは分かるが、塩田の作業から「草抜きて」という単純労働を導き出したのは「AI一茶くん」が社会性俳句を理解しているように思えて、不思議な気分になった。もちろんそんな訳はないのだが、「AI一茶くん」は読み手の思い入れを掻き立てる何かを持っているように感じられる。

「マヨネーズサロベツ原子雲丹供養」(季語:なし あるいは 雲丹 春)
「椅子二脚乗るくらやみに皿鰊」(季語:なし あるいは 鰊 にしん 春) 
 「雲丹供養」という行事が実際にあるのかどうか知らないが、このパワフルで荒唐無稽な十七音には圧倒される。また「皿鰊」という言葉は実在しないのだが、妙に俳句っぽくて惹かれる。これらは凱氏が夥しい数の「AI一茶くん」の句の中からアバンギャルドな作品を選抜したもので、「人工知能の俳句に美があるとしたら、それは俳句形式の骨格だけが剥き出しになってしまった文字列として」の美ではないかと凱氏は指摘する。 

 そして特集を締めくくるのはキム・チャンヒ氏による[論考~AI俳句は敵か味方か]だ。チャンヒ氏は二〇一七年にNHKの番組『超絶 凄ワザ!』で、誕生して間もない「AI一茶くん」に出会い、以降、さまざまな企画でコラボしている。その上でAI俳句の現状を分析する。
「(AI一茶くんは)古い俳句を多く学んでいるため、文語で歴史的仮名遣いの切字を効かせた俳句を生成しやすい。従って、有季定型の伝統を守っている方には、俳句AIの作品と似通った部分があり、『敵』となる可能性がある。逆に、新しい技法や価値観で作られた俳句は、AIに模倣されにくい。(中略)活用すべき『友』(味方)となりうる」。

 これまで「AI一茶くん」が学習した句の数は、すでに一億を超えたという。人間の記憶の限界を上回るデータを使って生み出される「AI一茶くん」の句は、ありがたいことに無料で閲覧できるので気軽に覗いてみたらいかがだろう。  
「初恋の焚火の跡を通りけり AI一茶くん」(季語:焚火 たきび 冬)

               俳句結社誌『鴻』2023年12月号 
                連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『AI俳句のいま』 『俳句界』23年10月号

『AI俳句のいま』 『俳句界』23年10月号  
 昨今、生成AIの話題が世間を賑わわせているのは、ご存知のとおり。文章を作成したり、絵画(CG)を描いたり、音楽を作ったり、生成AIは昨年の春あたりから目覚ましい活躍を始めるようになった。特に「チャットGPT」の使用が広がるにつれてその成果が歓迎されると同時に、警戒感も強まっている。
 今のところ生成AIは絵画や動画などの分野で存在感を増していて、絵画=コンピュータ・グラフィックスではいくつか賞を獲ったり、動画では本物と見分けのつかないフェイクニュースが社会問題になっていたりする。このコラムでも去年の十一月号で北海道大学が開発中の俳句生成AIの「AI一茶くん」を、今年の九月号で「チャットGPT」を取り上げた。絵画や動画に比べると俳句の生成AIはまだ発展途上といえるが、他のジャンルの例にもれず、今後の進化が早まりそうだ。そんなタイミングで俳句総合誌『俳句界』が十月号で『AI俳句のいま』という特集を組んだ。興味深く読んだので紹介しようと思う。 
 特集の冒頭[論考~AI一茶くんの進化]の項は、北海道大学大学院情報科学研究院調和系工学研究室の准教授・山下倫央氏が執筆を担当。二〇二一年に石川県加賀市で開催された「芭蕉祭山中温泉全国俳句大会」に六句を投句した「AI一茶くん」の成績を報告する。全八三五句の中で、「AI一茶くん」は以下の二句が入選を果たした。
「戦争を語りつくしてトマト食む」(季語:トマト 夏)
「万緑を破りて風の中にいる」(季語:万緑 夏) 
 このことで山下氏は、「AI一茶くん」が一定の質の俳句を生成できる可能性のあることを確認できたという。

 また「AI一茶くん」と「100年俳句計画」編集長キム・チャンヒ氏との共同創作の実験も行なった。まず「AI一茶くん」に夏の季語「蛍」を使った俳句を作らせる。すると「病人の枕もとなる蛍かな」や「体内を水流れゆく蛍かな」などの句が生成された。これらの句をヒントにチャンヒ氏が以下の句を作った。
「哀しさは体の中を飛ぶ蛍 チャンヒ」(季語:蛍 夏)
 チャンヒ氏は「AIに蓄積された膨大なデータから、突然変異のように新しい着想の俳句が生まれる可能性は十分にある」とし、「今後は(中略)俳句作りに『AIをどのように活用する』かが、課題の一つとなる」と述べる。山下氏も「(AIが)俳人の創造力に新たな刺激を与える可能性を秘めている」と記している。
 この特集で面白かったのは俳人・大塚凱氏が抄出した[AI一茶くんテーマ別作品集]だった。凱氏は「AI一茶くん」が作った句の中から、沢木欣一の社会性俳句の代表作「塩田に百日筋目つけ通し」に類似した句を選び出すよう命令する。もちろん「AI一茶くん」は沢木の句を学習している。
「百日紅妻子に意地を張り通し」(季語:百日紅 さるすべり 夏) 
「むだ口に二百十日の草抜きて」(季語:二百十日 秋)   
 「百日紅」の句は、「百日筋目」から「百日紅」を、「筋目つけ通し」から「意地を張り通し」を発想するあたりが、いかにも言葉の類似性から俳句を生成する「AI一茶くん」らしくて微笑ましい。
一方で「むだ口に」は、「百日」からの連想として「二百十日」が出てくるのは分かるが、塩田の作業から「草抜きて」という単純労働を導き出したのは「AI一茶くん」が社会性俳句を理解しているように思えて、不思議な気分になった。もちろんそんな訳はないのだが、「AI一茶くん」は読み手の思い入れを掻き立てる何かを持っているように感じられる。

「マヨネーズサロベツ原子雲丹供養」(季語:なし あるいは 雲丹 春)
「椅子二脚乗るくらやみに皿鰊」(季語:なし あるいは 鰊 にしん 春) 
 「雲丹供養」という行事が実際にあるのかどうか知らないが、このパワフルで荒唐無稽な十七音には圧倒される。また「皿鰊」という言葉は実在しないのだが、妙に俳句っぽくて惹かれる。これらは凱氏が夥しい数の「AI一茶くん」の句の中からアバンギャルドな作品を選抜したもので、「人工知能の俳句に美があるとしたら、それは俳句形式の骨格だけが剥き出しになってしまった文字列として」の美ではないかと凱氏は指摘する。 

 そして特集を締めくくるのはキム・チャンヒ氏による[論考~AI俳句は敵か味方か]だ。チャンヒ氏は二〇一七年にNHKの番組『超絶 凄ワザ!』で、誕生して間もない「AI一茶くん」に出会い、以降、さまざまな企画でコラボしている。その上でAI俳句の現状を分析する。
「(AI一茶くんは)古い俳句を多く学んでいるため、文語で歴史的仮名遣いの切字を効かせた俳句を生成しやすい。従って、有季定型の伝統を守っている方には、俳句AIの作品と似通った部分があり、『敵』となる可能性がある。逆に、新しい技法や価値観で作られた俳句は、AIに模倣されにくい。(中略)活用すべき『友』(味方)となりうる」。

 これまで「AI一茶くん」が学習した句の数は、すでに一億を超えたという。人間の記憶の限界を上回るデータを使って生み出される「AI一茶くん」の句は、ありがたいことに無料で閲覧できるので気軽に覗いてみたらいかがだろう。  
「初恋の焚火の跡を通りけり AI一茶くん」(季語:焚火 たきび 冬)

               俳句結社誌『鴻』2023年12月号 
                連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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著・平山 雄一
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