HAIKU

2023.09.28
『チャットGPT』と俳句    

『チャットGPT』と俳句     
 今、話題のチャットGPTは、何か質問をするとすぐさま答えてくれる対話形式のAIサービスである。たとえばインターネットで手持ちのカメラを売ろうと思ったときに、カメラの機種を記して「この商品の説明をして」と入力するとたちまち立派な仕様書が出来上がる。それに希望する値段をつけてメルカリなどで公開すれば、あとは欲しい人からの連絡を待てばいいといった具合だ。
 仕様書はかなり自然な文章なので、AIが書いたものだと気付く人はほとんどいないだろう。おそらくチャットGPTはそのカメラの製造会社の商品カタログを検索して、それを元に文章を作成していると思われる。この性能からすると、たとえば役所が住民に「ワクチン注射の案内」を出す時、係がワクチンの種類や実施場所、時間を入力すれば、すぐに所定の案内状が出来上がる。政府が盛んにアピールしている公共サービスでのチャットGPTの使い方は、こうした作業の省力化を意図している。そうなるとこれまで案内状作りを請け負っていた業者は、たちまち職を失うことになる。これが「AIに仕事を奪われる」と主張する人たちの危機感の源なのである。
 それはともかくパソコンにチャットGPTの無料バージョンをダウンロードして、俳句について使ってみた。「『羊蹄山の残照となる薯の花』(季語:薯の花 夏)という俳句の意味を教えて」と入力。これは吉田鴻司師の代表句である。するとほんの数秒で解答が示されたのだった。 
「『羊蹄山の残照となる薯の花』という俳句は、日本の俳人である正岡子規によって詠まれた有名な句です。羊蹄山は北海道にある有名な山で、夕焼けの時にはその山肌が赤く染まり美しい風景が広がります。山芋は地下茎からつるを伸ばして花を咲かせますが、あまり目立つ花ではありません。それでも地味ながらも自然の中で季節を告げる様子が美しいとされています。この俳句では美しい羊蹄山の夕焼けの風景が、地味で目立たないけれども自然の中で美しさを備える薯の花にたとえられています。作者は普段あまり注目されないものでも、自然の中には美しい瞬間や風景が存在することを感じ取り、その美しさを詠んだと考えられます」。
 「正岡子規の句です」という部分には一瞬ドキッとして、すぐに爆笑。それ以外はなかなかの名解説になっている。ただしこの名解説が問題で、文章に破綻がない分、信用できるように感じてしまう。堂々と「正岡子規の句です」と書かれたら、「そうなんだ」と思ってしまう人は多いだろう。その後、「『羊蹄山』の句の作者は?」と何度訊いても、チャットGPTは「蕪村」だの「虚子」だのと答えるばかりで、何を根拠に「子規の作」と言い切っているのかがまったく不明なのだ。つまりチャットGPTは文章の「形式」を優先していて、知識に関してはかなり怪しく、知ったかぶりすることを前提に使わないと大きな間違いを起こす可能性がある。  
 次にチャットGPTに俳句を作ってもらった。「紅葉という言葉を使って俳句を作ってみて」と入力すると、すぐに一句が表示された。
「『紅葉散る風に舞い散る秋の彩』――この俳句は、紅葉が風に舞い散る秋の美しい風景を表現しています。紅葉は日本の秋の風物詩であり、風に揺れる姿はとても美しい光景です」。
句も解説も形にはなっているが、突っ込みどころが満載。以下はチャットGPTとの対話である。
「紅葉と秋と、季語が二つ入ってますよ」
「おっしゃる通りです。申し訳ありません、それでは以下のような俳句を提案いたします。『秋風に紅葉舞い落ちる』」
「まだ季語が二つあるし、575になっていませんよ」
「失礼しました。おっしゃる通り、俳句は575の音の形式に従う必要があります。『紅葉舞う秋風の中に五七五』」。
 なんともトンチンカンな問答になってしまった。ところで俳句生成に特化したAIがある。昨年十一月号のこのコラムで紹介した「AI一茶くん」である。試しに「AI一茶くん」の作った紅葉俳句を検索してみた。
「全山の紅葉見ゆるところまで」(季語:紅葉 秋)  
「一本の桜紅葉明りかな」(季語:桜紅葉 秋)
「一本の桜もみぢの中に寝る」
なかなかの出来だ。「全山の」は、晴れ晴れとしていてスケールが大きい。「桜紅葉」は「さくらこうよう」と読ませるところが少々苦しいが、楚々とした風情がある。「一本の」には不思議な野趣がある。そして「AI一茶くん」が素晴らしいのは、これらの句の生成にあたって参考にした作品を明示していることだ。たとえば「全山の」の句の参考例として「初富士の大きく見ゆるところまで 石川英利」(季語:初富士 新年)、「全山の紅葉照るとき男透く 森田智子」(季語:紅葉 秋)、「好日や紅葉見下ろすところまで 五十嵐哲也」の三句が揚げられていた。
これまで「AI一茶くん」の作った句は一億以上あるという。先人の成果にきちんと敬意を払う立派な勉強家と言えるだろう。それに比べるとチャットGPTは、運営側の独断で学習させた出所不明のデータしか持っていないので、今は距離を置いて付き合うべきだろう。質問すると絶対に「知らない」と言わずに平気で嘘をつき、ちょっとオッチョコチョイの友人程度に思った方がいい。有料バージョンは多少マシなのかもしれないが、僕は現状ではお金を払うのは止めておこうと思う。
「大仏のうしろの桜もみぢ哉 AI一茶くん」(季語:桜紅葉 秋)   
   
                 俳句結社誌『鴻』2023年9月号 
          連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『チャットGPT』と俳句    

『チャットGPT』と俳句     
 今、話題のチャットGPTは、何か質問をするとすぐさま答えてくれる対話形式のAIサービスである。たとえばインターネットで手持ちのカメラを売ろうと思ったときに、カメラの機種を記して「この商品の説明をして」と入力するとたちまち立派な仕様書が出来上がる。それに希望する値段をつけてメルカリなどで公開すれば、あとは欲しい人からの連絡を待てばいいといった具合だ。
 仕様書はかなり自然な文章なので、AIが書いたものだと気付く人はほとんどいないだろう。おそらくチャットGPTはそのカメラの製造会社の商品カタログを検索して、それを元に文章を作成していると思われる。この性能からすると、たとえば役所が住民に「ワクチン注射の案内」を出す時、係がワクチンの種類や実施場所、時間を入力すれば、すぐに所定の案内状が出来上がる。政府が盛んにアピールしている公共サービスでのチャットGPTの使い方は、こうした作業の省力化を意図している。そうなるとこれまで案内状作りを請け負っていた業者は、たちまち職を失うことになる。これが「AIに仕事を奪われる」と主張する人たちの危機感の源なのである。
 それはともかくパソコンにチャットGPTの無料バージョンをダウンロードして、俳句について使ってみた。「『羊蹄山の残照となる薯の花』(季語:薯の花 夏)という俳句の意味を教えて」と入力。これは吉田鴻司師の代表句である。するとほんの数秒で解答が示されたのだった。 
「『羊蹄山の残照となる薯の花』という俳句は、日本の俳人である正岡子規によって詠まれた有名な句です。羊蹄山は北海道にある有名な山で、夕焼けの時にはその山肌が赤く染まり美しい風景が広がります。山芋は地下茎からつるを伸ばして花を咲かせますが、あまり目立つ花ではありません。それでも地味ながらも自然の中で季節を告げる様子が美しいとされています。この俳句では美しい羊蹄山の夕焼けの風景が、地味で目立たないけれども自然の中で美しさを備える薯の花にたとえられています。作者は普段あまり注目されないものでも、自然の中には美しい瞬間や風景が存在することを感じ取り、その美しさを詠んだと考えられます」。
 「正岡子規の句です」という部分には一瞬ドキッとして、すぐに爆笑。それ以外はなかなかの名解説になっている。ただしこの名解説が問題で、文章に破綻がない分、信用できるように感じてしまう。堂々と「正岡子規の句です」と書かれたら、「そうなんだ」と思ってしまう人は多いだろう。その後、「『羊蹄山』の句の作者は?」と何度訊いても、チャットGPTは「蕪村」だの「虚子」だのと答えるばかりで、何を根拠に「子規の作」と言い切っているのかがまったく不明なのだ。つまりチャットGPTは文章の「形式」を優先していて、知識に関してはかなり怪しく、知ったかぶりすることを前提に使わないと大きな間違いを起こす可能性がある。  
 次にチャットGPTに俳句を作ってもらった。「紅葉という言葉を使って俳句を作ってみて」と入力すると、すぐに一句が表示された。
「『紅葉散る風に舞い散る秋の彩』――この俳句は、紅葉が風に舞い散る秋の美しい風景を表現しています。紅葉は日本の秋の風物詩であり、風に揺れる姿はとても美しい光景です」。
句も解説も形にはなっているが、突っ込みどころが満載。以下はチャットGPTとの対話である。
「紅葉と秋と、季語が二つ入ってますよ」
「おっしゃる通りです。申し訳ありません、それでは以下のような俳句を提案いたします。『秋風に紅葉舞い落ちる』」
「まだ季語が二つあるし、575になっていませんよ」
「失礼しました。おっしゃる通り、俳句は575の音の形式に従う必要があります。『紅葉舞う秋風の中に五七五』」。
 なんともトンチンカンな問答になってしまった。ところで俳句生成に特化したAIがある。昨年十一月号のこのコラムで紹介した「AI一茶くん」である。試しに「AI一茶くん」の作った紅葉俳句を検索してみた。
「全山の紅葉見ゆるところまで」(季語:紅葉 秋)  
「一本の桜紅葉明りかな」(季語:桜紅葉 秋)
「一本の桜もみぢの中に寝る」
なかなかの出来だ。「全山の」は、晴れ晴れとしていてスケールが大きい。「桜紅葉」は「さくらこうよう」と読ませるところが少々苦しいが、楚々とした風情がある。「一本の」には不思議な野趣がある。そして「AI一茶くん」が素晴らしいのは、これらの句の生成にあたって参考にした作品を明示していることだ。たとえば「全山の」の句の参考例として「初富士の大きく見ゆるところまで 石川英利」(季語:初富士 新年)、「全山の紅葉照るとき男透く 森田智子」(季語:紅葉 秋)、「好日や紅葉見下ろすところまで 五十嵐哲也」の三句が揚げられていた。
これまで「AI一茶くん」の作った句は一億以上あるという。先人の成果にきちんと敬意を払う立派な勉強家と言えるだろう。それに比べるとチャットGPTは、運営側の独断で学習させた出所不明のデータしか持っていないので、今は距離を置いて付き合うべきだろう。質問すると絶対に「知らない」と言わずに平気で嘘をつき、ちょっとオッチョコチョイの友人程度に思った方がいい。有料バージョンは多少マシなのかもしれないが、僕は現状ではお金を払うのは止めておこうと思う。
「大仏のうしろの桜もみぢ哉 AI一茶くん」(季語:桜紅葉 秋)   
   
                 俳句結社誌『鴻』2023年9月号 
          連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店