HAIKU

2023.03.06
『第68回 角川俳句賞 西生ゆかり』  角川「俳句」22年11月号

『第68回 角川俳句賞 西生ゆかり』  角川「俳句」22年11月号 

西生ゆかり氏の第六八回角川俳句賞受賞作『胡瓜サンド』が、『角川俳句』二十二年十一月号に掲載された。冒頭の「吹き抜けや四月がピザのやうに来る」を読み、一瞬にしてとても晴れやかな気持ちになったので、思わず先月号の当コラムの最後に引用させていただいた。受賞作の全五十句は力強く率直な詠みぶりで、読んでいて楽しくなる。
西生氏とは八年くらい前に出会った。場所は新宿のディープなエリアにあるアートサロン「砂の城」。北大路翼氏が運営していた店だ。西生氏はそこで初めて俳句の洗礼を受けた。当時の「砂の城」では毎晩のように即吟句会が開かれ、参加者はほぼ全員が初心者で、夥しい数の句が生み出されていた。その頃の句群を収録した「新宿歌舞伎町俳句一家屍派『アウトロー俳句』」(北大路翼・編 河出書房新社 二○一七年・刊)に、西生氏の句がある。
「恐ろしや花火も母になる君も」(季語:花火 夏) 
「全員サングラス全員初対面」(季語:サングラス 夏) 
「蓑虫の中にこつそり二人居る」(季語:蓑虫 みのむし 秋)
 「花火」の句はすでに独特の視点を備え、「サングラス」の句には爆笑してしまった。以来、西生氏の俳句への傾倒ぶりは目を見張るものがあった。翼氏の出身結社『街』に入会するとめきめき頭角を現し、俳句を始めて半年で『街』の新人賞である未来区賞を受賞(二○一六年)。二○一八年には『俳人協会新鋭俳句賞』準賞を受賞している。今回の『角川俳句賞』作品の中には、そうしたキャリアを反映した句が多く含まれている。 
「等身大パネルのやうな新社員」(季語:新社員 春)
「百円で買へる光や夏祭」(季語:夏祭 夏)
「噴水が天使に戻りかけてゐる」(季語:噴水 夏) 
 これらからは「屍派」、あるいは翼氏からの影響が見て取れる。「新社員」のアイロニー、「百円で」の安価な幸福感、「噴水が」には身近なファンタジーが詠まれている。そしてどの句にも、自分と世界を隔てる溝のようなものが横たわっている。
「レタスの芯抜くや一旦押し込んで」(季語:レタス 春)
「額縁と壁の段差を秋の蜘蛛」(季語:秋の蜘蛛 秋)
「冬の日の画鋲の横の画鋲穴」(季語:冬日 冬)
 これらの句には『街』の句風が息づいている。「レタス」は見逃しがちな日常の所作の詳細を、的確に捉えている。「額縁と」は、何もそこまでと思うほどの細かい写生がリアルだ。「冬の日の」の写生も細かいが、以前に穿たれた画鋲穴と現在の画鋲との時間差が見事に描かれている。一句に詠まれた事象の位置関係や時制を疎かにしない結社の構えを、しっかりと受け継いでいる。その上で西生氏は独自性を発揮する。
「内側のやうな外側捕虫網」(季語:捕虫網 夏) 
「白シャツと顔の間の喉仏」(季語:白シャツ 夏) 
「しやがむたび小さくなりゆく茸狩」(季語:茸狩 きのこがり 秋)
 「内側の」は捕虫行為において、捕らえる側と捕らえられる側の関係に異議を唱える。自分は本当に虫を捕らえたのか、捕らえられたのは自分なのではないかという問い掛けにギクリとさせられる。「白シャツと」の句も異様なイメージを孕んでいる。骨壷に遺骨を納めるとき、その頂上に置かれる「喉仏」を思い浮かべてしまった。「しやがむたび」は、茸を追ってどんどん斜面を登っていく茸採りの夢中さが、遠近法をもって描かれる。西生氏の個性あふれる三句だ。
「パイプ椅子引くや花茣蓙やや歪む」(季語:花茣蓙 はなござ 夏) 
「秋雨や鎖骨に歪むネックレス」(季語:秋雨 秋) 
 受賞作では「歪む」という言葉を遣った句がいくつかあった。「パイプ椅子」は、花茣蓙の上にパイプ椅子を置くという和洋折衷の暮らしにある「歪み」に着目した点がユニークだ。「秋雨や」はネックレスの細いチェーンの歪みが、女性の鎖骨という繊細な立体を浮き彫りにする。これらも西生氏ならではの句だろう。
「名を忘れ香水の名を忘れざる」(季語:香水 夏) 
「胡瓜サンド人は飛べないから走る」(季語:胡瓜 きゅうり 夏) 
 両句とも、西生氏の自画像と思われる。「名を忘れ」は、去ってしまった恋人を忘れようとしても、製品として残り続ける香水がその人を思い出させる。感情の記憶がモノに置き換わっていくことで生じる諦念が切ない。表題句の「胡瓜サンド」は、「飛べないから走る」に読み手が共感できるかどうかに懸かっている。その鍵として詠まれた「胡瓜」は、季語としての役割を全うしていると思う。
 選考委員の対馬康子氏は西生作品に対して「私自身の好みから言えば、もうちょっと隠喩性というか、私の中で俳句は、内面ではすごく重いものを表現したいというところがあって(中略)、この作品で抜きん出ている独自性みたいなところがあるのかどうか」と疑問を呈している。しかし僕はこの五十句に、確かな重さを感じる。「内面は重いもの」とする文学の既成概念とはまた別の「重さ」を西生氏は提示していて、そこが大変に魅力的だと思う。
 今年の『街』の新年句会でゆかりさんに久々にお会いした。「受賞、よかったね。おめでとう」と声を掛けると、「ありがとうございます」と淡々とした返事が返ってきた。シャイなところがちっとも変わっていないのが妙に嬉しかった。またその日の自己紹介で「私は屍派です」と言ってはばからないところも気持ちがよかった。最後はその句会での彼女の句で締めよう。 
「膝立ちに双六の世を覗き込む ゆかり」(季語:双六 すごろく 新年)
 
                     俳句結社誌『鴻』2023年3月号 
                      連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『第68回 角川俳句賞 西生ゆかり』  角川「俳句」22年11月号

『第68回 角川俳句賞 西生ゆかり』  角川「俳句」22年11月号 

西生ゆかり氏の第六八回角川俳句賞受賞作『胡瓜サンド』が、『角川俳句』二十二年十一月号に掲載された。冒頭の「吹き抜けや四月がピザのやうに来る」を読み、一瞬にしてとても晴れやかな気持ちになったので、思わず先月号の当コラムの最後に引用させていただいた。受賞作の全五十句は力強く率直な詠みぶりで、読んでいて楽しくなる。
西生氏とは八年くらい前に出会った。場所は新宿のディープなエリアにあるアートサロン「砂の城」。北大路翼氏が運営していた店だ。西生氏はそこで初めて俳句の洗礼を受けた。当時の「砂の城」では毎晩のように即吟句会が開かれ、参加者はほぼ全員が初心者で、夥しい数の句が生み出されていた。その頃の句群を収録した「新宿歌舞伎町俳句一家屍派『アウトロー俳句』」(北大路翼・編 河出書房新社 二○一七年・刊)に、西生氏の句がある。
「恐ろしや花火も母になる君も」(季語:花火 夏) 
「全員サングラス全員初対面」(季語:サングラス 夏) 
「蓑虫の中にこつそり二人居る」(季語:蓑虫 みのむし 秋)
 「花火」の句はすでに独特の視点を備え、「サングラス」の句には爆笑してしまった。以来、西生氏の俳句への傾倒ぶりは目を見張るものがあった。翼氏の出身結社『街』に入会するとめきめき頭角を現し、俳句を始めて半年で『街』の新人賞である未来区賞を受賞(二○一六年)。二○一八年には『俳人協会新鋭俳句賞』準賞を受賞している。今回の『角川俳句賞』作品の中には、そうしたキャリアを反映した句が多く含まれている。 
「等身大パネルのやうな新社員」(季語:新社員 春)
「百円で買へる光や夏祭」(季語:夏祭 夏)
「噴水が天使に戻りかけてゐる」(季語:噴水 夏) 
 これらからは「屍派」、あるいは翼氏からの影響が見て取れる。「新社員」のアイロニー、「百円で」の安価な幸福感、「噴水が」には身近なファンタジーが詠まれている。そしてどの句にも、自分と世界を隔てる溝のようなものが横たわっている。
「レタスの芯抜くや一旦押し込んで」(季語:レタス 春)
「額縁と壁の段差を秋の蜘蛛」(季語:秋の蜘蛛 秋)
「冬の日の画鋲の横の画鋲穴」(季語:冬日 冬)
 これらの句には『街』の句風が息づいている。「レタス」は見逃しがちな日常の所作の詳細を、的確に捉えている。「額縁と」は、何もそこまでと思うほどの細かい写生がリアルだ。「冬の日の」の写生も細かいが、以前に穿たれた画鋲穴と現在の画鋲との時間差が見事に描かれている。一句に詠まれた事象の位置関係や時制を疎かにしない結社の構えを、しっかりと受け継いでいる。その上で西生氏は独自性を発揮する。
「内側のやうな外側捕虫網」(季語:捕虫網 夏) 
「白シャツと顔の間の喉仏」(季語:白シャツ 夏) 
「しやがむたび小さくなりゆく茸狩」(季語:茸狩 きのこがり 秋)
 「内側の」は捕虫行為において、捕らえる側と捕らえられる側の関係に異議を唱える。自分は本当に虫を捕らえたのか、捕らえられたのは自分なのではないかという問い掛けにギクリとさせられる。「白シャツと」の句も異様なイメージを孕んでいる。骨壷に遺骨を納めるとき、その頂上に置かれる「喉仏」を思い浮かべてしまった。「しやがむたび」は、茸を追ってどんどん斜面を登っていく茸採りの夢中さが、遠近法をもって描かれる。西生氏の個性あふれる三句だ。
「パイプ椅子引くや花茣蓙やや歪む」(季語:花茣蓙 はなござ 夏) 
「秋雨や鎖骨に歪むネックレス」(季語:秋雨 秋) 
 受賞作では「歪む」という言葉を遣った句がいくつかあった。「パイプ椅子」は、花茣蓙の上にパイプ椅子を置くという和洋折衷の暮らしにある「歪み」に着目した点がユニークだ。「秋雨や」はネックレスの細いチェーンの歪みが、女性の鎖骨という繊細な立体を浮き彫りにする。これらも西生氏ならではの句だろう。
「名を忘れ香水の名を忘れざる」(季語:香水 夏) 
「胡瓜サンド人は飛べないから走る」(季語:胡瓜 きゅうり 夏) 
 両句とも、西生氏の自画像と思われる。「名を忘れ」は、去ってしまった恋人を忘れようとしても、製品として残り続ける香水がその人を思い出させる。感情の記憶がモノに置き換わっていくことで生じる諦念が切ない。表題句の「胡瓜サンド」は、「飛べないから走る」に読み手が共感できるかどうかに懸かっている。その鍵として詠まれた「胡瓜」は、季語としての役割を全うしていると思う。
 選考委員の対馬康子氏は西生作品に対して「私自身の好みから言えば、もうちょっと隠喩性というか、私の中で俳句は、内面ではすごく重いものを表現したいというところがあって(中略)、この作品で抜きん出ている独自性みたいなところがあるのかどうか」と疑問を呈している。しかし僕はこの五十句に、確かな重さを感じる。「内面は重いもの」とする文学の既成概念とはまた別の「重さ」を西生氏は提示していて、そこが大変に魅力的だと思う。
 今年の『街』の新年句会でゆかりさんに久々にお会いした。「受賞、よかったね。おめでとう」と声を掛けると、「ありがとうございます」と淡々とした返事が返ってきた。シャイなところがちっとも変わっていないのが妙に嬉しかった。またその日の自己紹介で「私は屍派です」と言ってはばからないところも気持ちがよかった。最後はその句会での彼女の句で締めよう。 
「膝立ちに双六の世を覗き込む ゆかり」(季語:双六 すごろく 新年)
 
                     俳句結社誌『鴻』2023年3月号 
                      連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店