HAIKU

2022.12.11
『エンジン01 in 岐阜』 

【ON THE STREET 2022/12月】 for HP
『エンジン01 in 岐阜』   
 文化人集団「エンジン01文化戦略会議」のイベントが、この十月末に岐阜市で開催された。三日間にわたり記念コンサートやシンポジウムが行なわれ、百を越える講座にはたくさんの人が参加しての大盛況。大会委員長は岐阜出身の現代美術家で、今年、東京藝大の学長に就任した日比野克彦氏。講師陣には直木賞作家の林真理子氏や歴史学者の磯田道史氏などが顔を揃えた。中で雄一は「腰痛講座」と「俳句講座」、「中高生のためのハローワーク」の三つの講座に登壇した。
 今回、この『エンジン01 in 岐阜』を取り上げたのは、それぞれの専門分野を究めた講師陣と俳句について論議を深める機会があったからだ。毎晩、宿泊先の都ホテル岐阜長良川では懇親会が開かれ、さまざまな議論が交わされた。今回は特に「AI」に関する話題が多く、このコラムで先月紹介した「AI一茶くん」のことが図らずも講師たちの興味を引いたのだった。
 本題に入る前に、雄一の担当した講座について触れておこう。まず「腰痛講座」は、腰痛治療の第一人者・福井康之氏がナビゲーターを務める。福井氏は患者のレントゲン写真をふんだんに使って、いろいろなタイプの腰痛やその治療法を解説。雄一は「腰痛や晩稲の空の明るくて 北大路翼(季語:晩稲 おくて 秋)」という句を例に引いて福井氏と意見を交わした。福井氏は「労働による腰痛は、仕方がない。しかしこの句は、ようやく晩稲を刈り入れることができる喜びを表わしている」と感想を述べてくれた。ご自身も長時間の手術の後は、不自然な姿勢が続くために腰が痛くなることがあるという。労働と腰痛という分かちがたい問題を、真っ直ぐに引き受ける福井氏の態度に感銘を受けた。
 俳句講座は「俳句で笑おう」がテーマ。良い俳句にはどこか笑えるポイントがある。ナビゲーターは雄一で、パネリストは翼氏と、香道志野流二十一世家元継承者の蜂谷宗苾(そうひつ)氏。宗苾氏とは何度か句会を共にしたことがあり、「風炉名残知らぬ間にゐる正座だこ(季語:風炉名残 ふろなごり 秋)」という香道家らしい佳句がある。嬉しかったのは、この講座に半谷洋子さんをはじめ、はなのき句会のメンバー四人が駆けつけてくれたことだった。
講座の前半は雄一と翼氏が例句を挙げてトークを繰り広げる。
1 十匹がみんな越冬目高飼う      田川飛旅子 (季語:越冬 冬) 
2 押す糞が消えて糞ころがしつまづく  加藤楸邨 (季語:糞ころがし 夏) 
3 毒きのこでしたと町内アナウンス   たろりずむ (季語:きのこ 秋) 
 1の田川飛旅子は楸邨門下。モノを徹底的に観察する姿勢に特徴がある。翼氏によれば、何気なく飼った目高が無事に越冬した様を、科学者の目でそのまま書いているのがクスッと笑えるという。それに対して楸邨の2は、「そこまで書くか」という面白さ。洋子さんの「でも、そこまで書く気持ちはわかる」という率直な意見に賛同する参加者が多かった。3には爆笑が起こる。すでにきのこを食べてしまった町内の人に、このアナウンスはどう聞こえたのだろう。
 講座の後半は会場の反応が大きかった「きのこ」を席題に、参加者に即興句を作っていただいた。中でいちばんの笑いを呼んだのは「風呂上り冷蔵庫にはしめじのみ」で、はなのき句会の後藤美帆さんの作だった。
 「ハローワーク」は音楽好きの中高生が受講。コンサートの演出をしたい高校生や、K❘POPアイドルになりたい中学生が、真剣に音楽業界の話を聞いてくれた。
 さて本題である。こうした講座が行われた夜、ホテルの屋上テラスには焚き火がいくつか焚かれ、それを囲むように講師たちが集まって自由に議論していた。雄一が座った焚き火では、世界的CGアーティストの河口洋一郎氏と、このコラムで紹介したことのあるメディア・アーティストの落合陽一氏が丁々発止のやり取りをしている。落合氏はなんと手に持ったノートパソコンで、AIを使って河口氏のCG絵画の贋作(?)を次々に作っている。それを河口氏が「僕の作品に似てるね」などと言いながら笑って見ている。「偽物を作るのは止めてくれ」と怒るのが普通なのに、新しく起こる現象に対して河口氏は恐ろしく寛容だ。その二人に対して異議を唱える人たちもいる。ある音楽家が「オリジナルの価値はどうなるのか?」と河口氏に問い掛けると、河口氏は「新しい技術の進歩や価値の変容は止められない」と淡々と応えたのだった。   
このスリリングなやり取りを聞いて、雄一は「AI一茶くん」のことを思い出していた。過去の膨大な句をAIに学ばせ、俳句らしいものを生成させるのは、落合氏の行為と似ている。「AI一茶くん」の場合は、AIが作った俳句を判定する人間が介在するので、人間らしさがある程度担保される。しかしAIの作成するCG絵画はかなり進歩が速く、あるコンテストでAI絵画が優勝してしまい、問題になったこともあるという。
焚き火から離れた雄一は、別の焚き火にいた建築家やエッセイスト、コピーライターの方々と「AI一茶くん」を題材に夜が更けるまで意見交換をした。それはとても貴重な経験になった。これからも広い視野で俳句の未来を考えて行きたいと思う。 
「卒業証書母に預けて両手空く 津田清子」(季語:卒業 春)   
           俳句結社誌『鴻』2022年12月号 
           連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2022.12.11
『エンジン01 in 岐阜』 

【ON THE STREET 2022/12月】 for HP
『エンジン01 in 岐阜』   
 文化人集団「エンジン01文化戦略会議」のイベントが、この十月末に岐阜市で開催された。三日間にわたり記念コンサートやシンポジウムが行なわれ、百を越える講座にはたくさんの人が参加しての大盛況。大会委員長は岐阜出身の現代美術家で、今年、東京藝大の学長に就任した日比野克彦氏。講師陣には直木賞作家の林真理子氏や歴史学者の磯田道史氏などが顔を揃えた。中で雄一は「腰痛講座」と「俳句講座」、「中高生のためのハローワーク」の三つの講座に登壇した。
 今回、この『エンジン01 in 岐阜』を取り上げたのは、それぞれの専門分野を究めた講師陣と俳句について論議を深める機会があったからだ。毎晩、宿泊先の都ホテル岐阜長良川では懇親会が開かれ、さまざまな議論が交わされた。今回は特に「AI」に関する話題が多く、このコラムで先月紹介した「AI一茶くん」のことが図らずも講師たちの興味を引いたのだった。
 本題に入る前に、雄一の担当した講座について触れておこう。まず「腰痛講座」は、腰痛治療の第一人者・福井康之氏がナビゲーターを務める。福井氏は患者のレントゲン写真をふんだんに使って、いろいろなタイプの腰痛やその治療法を解説。雄一は「腰痛や晩稲の空の明るくて 北大路翼(季語:晩稲 おくて 秋)」という句を例に引いて福井氏と意見を交わした。福井氏は「労働による腰痛は、仕方がない。しかしこの句は、ようやく晩稲を刈り入れることができる喜びを表わしている」と感想を述べてくれた。ご自身も長時間の手術の後は、不自然な姿勢が続くために腰が痛くなることがあるという。労働と腰痛という分かちがたい問題を、真っ直ぐに引き受ける福井氏の態度に感銘を受けた。
 俳句講座は「俳句で笑おう」がテーマ。良い俳句にはどこか笑えるポイントがある。ナビゲーターは雄一で、パネリストは翼氏と、香道志野流二十一世家元継承者の蜂谷宗苾(そうひつ)氏。宗苾氏とは何度か句会を共にしたことがあり、「風炉名残知らぬ間にゐる正座だこ(季語:風炉名残 ふろなごり 秋)」という香道家らしい佳句がある。嬉しかったのは、この講座に半谷洋子さんをはじめ、はなのき句会のメンバー四人が駆けつけてくれたことだった。
講座の前半は雄一と翼氏が例句を挙げてトークを繰り広げる。
1 十匹がみんな越冬目高飼う      田川飛旅子 (季語:越冬 冬) 
2 押す糞が消えて糞ころがしつまづく  加藤楸邨 (季語:糞ころがし 夏) 
3 毒きのこでしたと町内アナウンス   たろりずむ (季語:きのこ 秋) 
 1の田川飛旅子は楸邨門下。モノを徹底的に観察する姿勢に特徴がある。翼氏によれば、何気なく飼った目高が無事に越冬した様を、科学者の目でそのまま書いているのがクスッと笑えるという。それに対して楸邨の2は、「そこまで書くか」という面白さ。洋子さんの「でも、そこまで書く気持ちはわかる」という率直な意見に賛同する参加者が多かった。3には爆笑が起こる。すでにきのこを食べてしまった町内の人に、このアナウンスはどう聞こえたのだろう。
 講座の後半は会場の反応が大きかった「きのこ」を席題に、参加者に即興句を作っていただいた。中でいちばんの笑いを呼んだのは「風呂上り冷蔵庫にはしめじのみ」で、はなのき句会の後藤美帆さんの作だった。
 「ハローワーク」は音楽好きの中高生が受講。コンサートの演出をしたい高校生や、K❘POPアイドルになりたい中学生が、真剣に音楽業界の話を聞いてくれた。
 さて本題である。こうした講座が行われた夜、ホテルの屋上テラスには焚き火がいくつか焚かれ、それを囲むように講師たちが集まって自由に議論していた。雄一が座った焚き火では、世界的CGアーティストの河口洋一郎氏と、このコラムで紹介したことのあるメディア・アーティストの落合陽一氏が丁々発止のやり取りをしている。落合氏はなんと手に持ったノートパソコンで、AIを使って河口氏のCG絵画の贋作(?)を次々に作っている。それを河口氏が「僕の作品に似てるね」などと言いながら笑って見ている。「偽物を作るのは止めてくれ」と怒るのが普通なのに、新しく起こる現象に対して河口氏は恐ろしく寛容だ。その二人に対して異議を唱える人たちもいる。ある音楽家が「オリジナルの価値はどうなるのか?」と河口氏に問い掛けると、河口氏は「新しい技術の進歩や価値の変容は止められない」と淡々と応えたのだった。   
このスリリングなやり取りを聞いて、雄一は「AI一茶くん」のことを思い出していた。過去の膨大な句をAIに学ばせ、俳句らしいものを生成させるのは、落合氏の行為と似ている。「AI一茶くん」の場合は、AIが作った俳句を判定する人間が介在するので、人間らしさがある程度担保される。しかしAIの作成するCG絵画はかなり進歩が速く、あるコンテストでAI絵画が優勝してしまい、問題になったこともあるという。
焚き火から離れた雄一は、別の焚き火にいた建築家やエッセイスト、コピーライターの方々と「AI一茶くん」を題材に夜が更けるまで意見交換をした。それはとても貴重な経験になった。これからも広い視野で俳句の未来を考えて行きたいと思う。 
「卒業証書母に預けて両手空く 津田清子」(季語:卒業 春)   
           俳句結社誌『鴻』2022年12月号 
           連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店