HAIKU

2022.11.28
『AI研究者と俳人』 川村秀憲&大塚凱・著 dZERO・刊

『AI研究者と俳人』 川村秀憲&大塚凱・著 dZERO・刊  
 『AI研究者と俳人 ~人はなぜ俳句を詠むのか』は、俳句生成プログラム“AI一茶くん” を研究開発した北海道大学大学院情報科学研究院教授の川村秀憲と、協力者である俳人・大塚凱の対談をまとめた一冊である。以前に「AIが俳句を作る」という新聞記事を読んで興味があったから、楽しみに読んだ。二人の議論は人間の知能と俳句について互いに深く踏み込んでいて、非常に有意義なものだった。
 AIに大塚をはじめ、一茶や虚子などの作った莫大な数の句をインプットして、名詞や動詞、助詞などの組み立てを学ばせ、ディープ・ラーニングの成果として“AI一茶くん”に俳句を生成させる。生成と呼ぶのはAIに作句の衝動はなく、あくまでプログラムだからと川村は言う。AIにテーマを与えると、夥しい数の句を生成する。その中から俳句としての体をなしているものを選ぶのが大塚の役割だ。研究者たちは俳句の門外漢で、自分たちには判別がつかないからだ。
大塚はそのようにして生成された作品を選句しているとき、「人工知能でつくった俳句の中に自分がいるような感覚」を体験したという。大塚の句も“AI一茶くん”の基本データになっているから、その感覚は当たり前のようにも思えるが、自分の句作りの癖のようなものを客観的に見せられることになるので、不思議な感覚に襲われたのだろう。 
 俳句の実際に触れて川村は、「人はなぜ俳句を詠むのか」、「人工知能でどうやって俳句をつくるのか」という課題に挑んでいく。その着眼点はとても的確で、この本で展開される議論を深める大きな要因となっている。 
「唇のぬくもりそめし桜かな」(季語:桜 春) 
「てのひらを隠して二人日向ぼこ」(季語:日向ぼこ 冬)
 二句とも“AI一茶くん”の作。なかなかいい雰囲気を醸し出している。AIに恋愛句を作らせるにあたって、「心」「君」「二人」などの恋愛と関連づけやすいキーワードを与えたのだという。川村はこれをある程度の成功と見たが、大塚は人間は恋愛ワードが入っていなくても恋愛句が作れることを指摘。そのあたりにAIに俳句を学ばせる際のハードルの高さが見えてくる。  
 一方で“AI一茶くん”には、名詞の扱いについて独特の発想力があるようだ。
「西行の爪の長さや花野ゆく」(季語:花野 秋)
「あたたかや夢のつづきの平家琵琶」(季語:あたたか 春)
「シャガールの恋の始まる夏帽子」(季語:夏帽子 夏)
 これらも“AI一茶くん”作の面白い句である。名詞の中でも特に固有名詞は意味が限られるので、俳句としての辻褄が合わせやすい。だが大塚は固有名詞の含む世界を下敷きにして「楽に書けてしまう」ことを警戒し、川村は「固有名詞は抽象度が低い。(中略)抽象度の高い語、例えば助詞をじょうずに使って、よい作品をつくるのは、まだ難しい」と悩む。この課題は人間が俳句を詠むときにも通じていて、通常の俳人の成長過程においても「へ」や「を」などの助詞の使い方は大きな壁となる。
 それにしても斬新なアイデアが満載とはいえ、本書は難解と言わざるを得ない。それはひとつに、川村が多くの情報工学の専門用語を使うからだ。しかしながら川村はわざと議論を難解にしようとしているのではない。自分の専門分野から真剣に俳句を見ようとしているからなので、こちらが辛抱強く読むしかない。
 たとえば川村は俳句の「詠む」と「読む」の違いを「エンコード」と「デコード」という用語で説明しようとする。俳句はある意味、物事をエンコード=符号化して詠む。それを読み手がデコード=復元するわけだ。
「菜の花や月は東に日は西に 蕪村」(季語:菜の花 春) 
 蕪村はこの句を花、月、日、東、西という符号を組み合わせて作った。読者はそれを自分の脳内で再構築=復元する。句を作る際は一言一句正確でなければならない。しかしそれを読み解くときは、読者にかなりの自由が与えられている。そこが俳句の醍醐味だ。作者によって瞬間冷凍された575を、読者が自分のイメージに沿って解凍する。この「多様な解釈」が、一句の世界を大きく広げる要因になっている。その意味で“AI一茶くん”は、句を生成することはできても、読むことはできない。
 こうした川村の意見に対して大塚は「作句と読みを、エンコードとデコードという情報工学の用語に置き換えると、新鮮です。俳句になんらかの更新をもたらすヒントになりそうです」と歓迎する。俳句の新しい展開を志す大塚の心意気やよし。 
 その他、オンライン句会にAIを参加させて、AIの投句を連衆が見抜けるかどうかという実験の話も出てくる。もし連衆がAI句と見破ることができなければ、“AI一茶くん”は人間並みになったと認められるのではないかと本書は問いかける。 
秋の夜長を楽しむのにぴったりの難書である。そして、このややこしくも意義深い対談を、正確にテキスト化した週刊俳句の西原天気氏の労をねぎらいたい。
「水洟や言葉少なに諏訪の神 AI一茶くん」(季語:水洟 冬) 

俳句結社誌『鴻』2022年11月号 
連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2022.11.28
『AI研究者と俳人』 川村秀憲&大塚凱・著 dZERO・刊

『AI研究者と俳人』 川村秀憲&大塚凱・著 dZERO・刊  
 『AI研究者と俳人 ~人はなぜ俳句を詠むのか』は、俳句生成プログラム“AI一茶くん” を研究開発した北海道大学大学院情報科学研究院教授の川村秀憲と、協力者である俳人・大塚凱の対談をまとめた一冊である。以前に「AIが俳句を作る」という新聞記事を読んで興味があったから、楽しみに読んだ。二人の議論は人間の知能と俳句について互いに深く踏み込んでいて、非常に有意義なものだった。
 AIに大塚をはじめ、一茶や虚子などの作った莫大な数の句をインプットして、名詞や動詞、助詞などの組み立てを学ばせ、ディープ・ラーニングの成果として“AI一茶くん”に俳句を生成させる。生成と呼ぶのはAIに作句の衝動はなく、あくまでプログラムだからと川村は言う。AIにテーマを与えると、夥しい数の句を生成する。その中から俳句としての体をなしているものを選ぶのが大塚の役割だ。研究者たちは俳句の門外漢で、自分たちには判別がつかないからだ。
大塚はそのようにして生成された作品を選句しているとき、「人工知能でつくった俳句の中に自分がいるような感覚」を体験したという。大塚の句も“AI一茶くん”の基本データになっているから、その感覚は当たり前のようにも思えるが、自分の句作りの癖のようなものを客観的に見せられることになるので、不思議な感覚に襲われたのだろう。 
 俳句の実際に触れて川村は、「人はなぜ俳句を詠むのか」、「人工知能でどうやって俳句をつくるのか」という課題に挑んでいく。その着眼点はとても的確で、この本で展開される議論を深める大きな要因となっている。 
「唇のぬくもりそめし桜かな」(季語:桜 春) 
「てのひらを隠して二人日向ぼこ」(季語:日向ぼこ 冬)
 二句とも“AI一茶くん”の作。なかなかいい雰囲気を醸し出している。AIに恋愛句を作らせるにあたって、「心」「君」「二人」などの恋愛と関連づけやすいキーワードを与えたのだという。川村はこれをある程度の成功と見たが、大塚は人間は恋愛ワードが入っていなくても恋愛句が作れることを指摘。そのあたりにAIに俳句を学ばせる際のハードルの高さが見えてくる。  
 一方で“AI一茶くん”には、名詞の扱いについて独特の発想力があるようだ。
「西行の爪の長さや花野ゆく」(季語:花野 秋)
「あたたかや夢のつづきの平家琵琶」(季語:あたたか 春)
「シャガールの恋の始まる夏帽子」(季語:夏帽子 夏)
 これらも“AI一茶くん”作の面白い句である。名詞の中でも特に固有名詞は意味が限られるので、俳句としての辻褄が合わせやすい。だが大塚は固有名詞の含む世界を下敷きにして「楽に書けてしまう」ことを警戒し、川村は「固有名詞は抽象度が低い。(中略)抽象度の高い語、例えば助詞をじょうずに使って、よい作品をつくるのは、まだ難しい」と悩む。この課題は人間が俳句を詠むときにも通じていて、通常の俳人の成長過程においても「へ」や「を」などの助詞の使い方は大きな壁となる。
 それにしても斬新なアイデアが満載とはいえ、本書は難解と言わざるを得ない。それはひとつに、川村が多くの情報工学の専門用語を使うからだ。しかしながら川村はわざと議論を難解にしようとしているのではない。自分の専門分野から真剣に俳句を見ようとしているからなので、こちらが辛抱強く読むしかない。
 たとえば川村は俳句の「詠む」と「読む」の違いを「エンコード」と「デコード」という用語で説明しようとする。俳句はある意味、物事をエンコード=符号化して詠む。それを読み手がデコード=復元するわけだ。
「菜の花や月は東に日は西に 蕪村」(季語:菜の花 春) 
 蕪村はこの句を花、月、日、東、西という符号を組み合わせて作った。読者はそれを自分の脳内で再構築=復元する。句を作る際は一言一句正確でなければならない。しかしそれを読み解くときは、読者にかなりの自由が与えられている。そこが俳句の醍醐味だ。作者によって瞬間冷凍された575を、読者が自分のイメージに沿って解凍する。この「多様な解釈」が、一句の世界を大きく広げる要因になっている。その意味で“AI一茶くん”は、句を生成することはできても、読むことはできない。
 こうした川村の意見に対して大塚は「作句と読みを、エンコードとデコードという情報工学の用語に置き換えると、新鮮です。俳句になんらかの更新をもたらすヒントになりそうです」と歓迎する。俳句の新しい展開を志す大塚の心意気やよし。 
 その他、オンライン句会にAIを参加させて、AIの投句を連衆が見抜けるかどうかという実験の話も出てくる。もし連衆がAI句と見破ることができなければ、“AI一茶くん”は人間並みになったと認められるのではないかと本書は問いかける。 
秋の夜長を楽しむのにぴったりの難書である。そして、このややこしくも意義深い対談を、正確にテキスト化した週刊俳句の西原天気氏の労をねぎらいたい。
「水洟や言葉少なに諏訪の神 AI一茶くん」(季語:水洟 冬) 

俳句結社誌『鴻』2022年11月号 
連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店