HAIKU

2022.09.12
『アテはテンプラ カモカナ!!』 作・絵 加茂加奈 弘文印刷株式会社・刊

『アテはテンプラ カモカナ!!』 作・絵 加茂加奈 弘文印刷株式会社・刊

 先日、俳句イベントで高知を訪れた際、超面白い本に出会ったので紹介しようと思う。高知に住む人々の破天荒なキャラクター全開の痛快な一冊だ。
今回の高知行きで、どうしても寄りたい店があった。それは高知でいちばん賑やかな商店街「帯屋町」通りから一本入った路地にある「松岡かまぼこ」で、揚げたての商品を路面にズラリと並べた大変魅力的な店である。一番人気は「大天」(140円)。たっぷりのすり身にごぼうが入っていて、歯ごたえが良く、いかにもビールに合う。二番人気は「イモ天」(150円)で、大ぶりに切ったサツマイモに、さらに大きな衣をまとわせて一気に揚げた大迫力の天ぷら。冷えても美味いのが売りだ。三番人気は「イカの身」(200円)で、これもイカの大きな切り身が特徴。わざわざ「イカの身」とあるのは、「ゲソ天」もあるからだ。
この店を教えてくれた高知のイベント・スタッフは、学生の頃、毎日のように下校途中に立ち寄って、食べごたえのあるイモ天をかじりながら帰ったという。もちろんかまぼこ店だけに上品な紅白の板蒲鉾もあるが、主力は多彩な練り物や天ぷら、その他の惣菜や弁当で、「町の台所」として地元の方々に愛されている。
そんな老舗の店頭にドーンと鎮座しているのが、店長の加茂(姓)加奈(名)さん。今回、紹介する『アテはテンプラ カモカナ!!』は、彼女が描いた4コマ漫画を集めたもので、パンチの効いた絵とパワフルな土佐弁が爆笑を呼ぶ。パワフル過ぎてイマイチ土佐弁が理解できないが、それでも笑えるところがこの本の凄いところ。紹介してくれた地元スタッフでさえ、この本の土佐弁を完全には理解できないと言いながら笑っていたのだった。
いつもおにぎり弁当を穴の開くほど見つめている、伊藤博文にそっくりなおじいさんがいる。かと思うと、「ねえねえ、肉コロ、百円にしてやー」と何でも値引きを迫る女子も店頭に現れる。「松岡かまぼこ」の常連たちのキャラクターは、どれも強烈だ。
酒瓶片手にキス天を買いに来たおじさんに、加奈さんが「おんちゃん、早いね。まだ8時やいか」と声を掛けると、横からおばちゃんが「おんちゃんは朝、目が覚めたら飲みゆう。パチンコの途中も飲みゆう」と突っ込む。加奈さんが「おんちゃん、朝から飲んだら夜は飲まんろ?」と聞くと、おんちゃんが「飲む、飲む。夜は焼酎を飲む。ハハハハハ」と答える。さすが一世帯あたりの外飲み費用が日本一の高知ならではのやり取りだ。
「酒二日やめし阿呆や夕櫻 小林康治」(季語:夕桜 春)  
「初春や酒吸つてゐる箸袋 鈴木鷹夫」(季語:初春 新年)  
 両句ともに酒豪らしい作。だが「松岡かまぼこ」に集まる高知の酒呑みを前にすると、少々影が薄くなる。この本のタイトルにある「アテ」は酒のツマミのことだが、いわゆる天ぷらと練り物の総称「テンプラ」を手づかみにして一杯やる高知人の豪快さには一歩譲らざるを得ない。
加奈さんは加奈さんで、相手がクセの強いお客であろうがポンポン言いたいことを言ってしまう。だがお客もそれをわかっていて、こう返すのだった。
「高知の女は口ががいなけんど、真心があるがやき、私もそうやけど、それが土佐の八金やき、それでかまんがよねぇー」。
 「がい」という単語の意味がイマイチ分からないが、お客が加奈さんのストレートな物言いを愛情込めて受け入れていることが伝わってくる。
 ちなみに僕がお店を訪ねた時、なんと加奈さんは店頭にドーンと座りながら漫画を執筆していた。目の前に次々に現れる「怪人」たちを相手に商売をしながら、彼らを描いているのだ。下書き無しの一発勝負。これには面食らった。しかし、だからこそこの漫画は活き活きとしていて、まるでロックバンドのライブを見るようだった。そうして描かれた漫画は、そのまま店に貼られて宣伝チラシの代わりになっている。この勢いにつられて、編集者と出版社が一冊にして発売してしまったという経緯があるらしい。
「火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり 秋元不死男」(季語:秋刀魚 秋) 
「一生を棒に俳句や乞食酒 橋本夢道」(季語:無し) 
 両句とも、かなり乱暴な作。だが「松岡かまぼこ」店の前で、山と積まれたテンプラ群とそれを求めて集まるお客さんたちを眺めていると、こうした句が思い出されて仕方なかった。
 我に返って昼の弁当を買おうとしたら、すでに売り切れ。弁当代りに「大天」や「イカの身」を選んでいたら、加奈さんが自らトングを握って袋にどんどん詰め込んでいく。大量のテンプラを、おそらく半額以下にしてくれた。イベント会場に持って行ってスタッフと分け合いながら食べたのだが、全員が「松岡かまぼこ」のファンで、大盛り上がりのランチとなった。こんな店のある町に住みたいと思ったものだ。
「名月や壁に酒のむ影法師 半綾」(季語:名月 秋)   

俳句結社誌『鴻』2022年2月号 
連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『アテはテンプラ カモカナ!!』 作・絵 加茂加奈 弘文印刷株式会社・刊

『アテはテンプラ カモカナ!!』 作・絵 加茂加奈 弘文印刷株式会社・刊

 先日、俳句イベントで高知を訪れた際、超面白い本に出会ったので紹介しようと思う。高知に住む人々の破天荒なキャラクター全開の痛快な一冊だ。
今回の高知行きで、どうしても寄りたい店があった。それは高知でいちばん賑やかな商店街「帯屋町」通りから一本入った路地にある「松岡かまぼこ」で、揚げたての商品を路面にズラリと並べた大変魅力的な店である。一番人気は「大天」(140円)。たっぷりのすり身にごぼうが入っていて、歯ごたえが良く、いかにもビールに合う。二番人気は「イモ天」(150円)で、大ぶりに切ったサツマイモに、さらに大きな衣をまとわせて一気に揚げた大迫力の天ぷら。冷えても美味いのが売りだ。三番人気は「イカの身」(200円)で、これもイカの大きな切り身が特徴。わざわざ「イカの身」とあるのは、「ゲソ天」もあるからだ。
この店を教えてくれた高知のイベント・スタッフは、学生の頃、毎日のように下校途中に立ち寄って、食べごたえのあるイモ天をかじりながら帰ったという。もちろんかまぼこ店だけに上品な紅白の板蒲鉾もあるが、主力は多彩な練り物や天ぷら、その他の惣菜や弁当で、「町の台所」として地元の方々に愛されている。
そんな老舗の店頭にドーンと鎮座しているのが、店長の加茂(姓)加奈(名)さん。今回、紹介する『アテはテンプラ カモカナ!!』は、彼女が描いた4コマ漫画を集めたもので、パンチの効いた絵とパワフルな土佐弁が爆笑を呼ぶ。パワフル過ぎてイマイチ土佐弁が理解できないが、それでも笑えるところがこの本の凄いところ。紹介してくれた地元スタッフでさえ、この本の土佐弁を完全には理解できないと言いながら笑っていたのだった。
いつもおにぎり弁当を穴の開くほど見つめている、伊藤博文にそっくりなおじいさんがいる。かと思うと、「ねえねえ、肉コロ、百円にしてやー」と何でも値引きを迫る女子も店頭に現れる。「松岡かまぼこ」の常連たちのキャラクターは、どれも強烈だ。
酒瓶片手にキス天を買いに来たおじさんに、加奈さんが「おんちゃん、早いね。まだ8時やいか」と声を掛けると、横からおばちゃんが「おんちゃんは朝、目が覚めたら飲みゆう。パチンコの途中も飲みゆう」と突っ込む。加奈さんが「おんちゃん、朝から飲んだら夜は飲まんろ?」と聞くと、おんちゃんが「飲む、飲む。夜は焼酎を飲む。ハハハハハ」と答える。さすが一世帯あたりの外飲み費用が日本一の高知ならではのやり取りだ。
「酒二日やめし阿呆や夕櫻 小林康治」(季語:夕桜 春)  
「初春や酒吸つてゐる箸袋 鈴木鷹夫」(季語:初春 新年)  
 両句ともに酒豪らしい作。だが「松岡かまぼこ」に集まる高知の酒呑みを前にすると、少々影が薄くなる。この本のタイトルにある「アテ」は酒のツマミのことだが、いわゆる天ぷらと練り物の総称「テンプラ」を手づかみにして一杯やる高知人の豪快さには一歩譲らざるを得ない。
加奈さんは加奈さんで、相手がクセの強いお客であろうがポンポン言いたいことを言ってしまう。だがお客もそれをわかっていて、こう返すのだった。
「高知の女は口ががいなけんど、真心があるがやき、私もそうやけど、それが土佐の八金やき、それでかまんがよねぇー」。
 「がい」という単語の意味がイマイチ分からないが、お客が加奈さんのストレートな物言いを愛情込めて受け入れていることが伝わってくる。
 ちなみに僕がお店を訪ねた時、なんと加奈さんは店頭にドーンと座りながら漫画を執筆していた。目の前に次々に現れる「怪人」たちを相手に商売をしながら、彼らを描いているのだ。下書き無しの一発勝負。これには面食らった。しかし、だからこそこの漫画は活き活きとしていて、まるでロックバンドのライブを見るようだった。そうして描かれた漫画は、そのまま店に貼られて宣伝チラシの代わりになっている。この勢いにつられて、編集者と出版社が一冊にして発売してしまったという経緯があるらしい。
「火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり 秋元不死男」(季語:秋刀魚 秋) 
「一生を棒に俳句や乞食酒 橋本夢道」(季語:無し) 
 両句とも、かなり乱暴な作。だが「松岡かまぼこ」店の前で、山と積まれたテンプラ群とそれを求めて集まるお客さんたちを眺めていると、こうした句が思い出されて仕方なかった。
 我に返って昼の弁当を買おうとしたら、すでに売り切れ。弁当代りに「大天」や「イカの身」を選んでいたら、加奈さんが自らトングを握って袋にどんどん詰め込んでいく。大量のテンプラを、おそらく半額以下にしてくれた。イベント会場に持って行ってスタッフと分け合いながら食べたのだが、全員が「松岡かまぼこ」のファンで、大盛り上がりのランチとなった。こんな店のある町に住みたいと思ったものだ。
「名月や壁に酒のむ影法師 半綾」(季語:名月 秋)   

俳句結社誌『鴻』2022年2月号 
連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店