HAIKU

2021.11.08
句集『イマジン』 上野犀行・著 飯塚書店・刊   

句集『イマジン』 上野犀行・著 飯塚書店・刊   
初秋のある日、一冊の本が送られてきた。届いた句集『イマジン』の著者・上野犀行(さいごう)さんとは面識がなかったので不思議に思ったが、ページを繰ってみてピンと来た! どうやら犀行さんはロック好きのようで、『イマジン』には音楽にまつわる句が数多く収録されている。僕が音楽評論家だと知っての贈り物であることはすぐに想像がついた。音楽と俳句の同好の士として、見逃すわけにはいかない。俄然、興味が湧いて、一気に読ませていただいた。
犀行さんの所属する結社「田」主宰の水田光雄氏の序文によれば、恰幅の良い風貌と名字から「上野なら西郷さんだろう」ということで、「上野犀行=うえのさいごう」という俳号を主宰自らが付けたのだという。以来、このユーモアと俳諧味あふれる主宰の下、“さいごうさん”は伸び伸びと句作りに取り組んできたのだった。
「つくしんぼ手にいつぱいのラブソング」(季語:つくし 春)  
「らもの忌の煙草をふかす夏空へ」(季語:夏空 夏) 
「盂蘭盆会エイトビートに木魚打ち」(季語:盂蘭盆会 うらぼんえ 秋) 
 「つくしんぼ」の句からは、お気に入りのラブソングを口遊みながら、土筆を摘み集める春の日の楽しさが伝わってくる。歌っているラブソングは、お気楽なPUFFYのナンバーだったりして(笑)。次の「らもの忌」のらもは、コピーライターや小説家として活躍した中島らもの忌日。ある夏、らもはしたたかに酔って階段から転げ落ち、亡くなった。関西のブラックユーモアを身上とした鬼才らしい最期だった。犀行さんは、そんならものロックな作品と生き方におおいに共感しているのだろう。また「エイトビート」は、ロックの基本リズム。ジャズの優雅なフォービートに対して、攻撃的なロックのニュアンスを持つ。そんなリズムで木魚を叩くとは、一体どんなお坊さんなのだろうかと想像すると笑いがこみ上げる。
「秋風とアビー・ロードを大跨ぎ」(季語:秋風 秋)  
「熱燗を手にレノン忌の夜の明けぬ」(季語:熱燗 冬) 
「父の日のパチンコ玉の黒光り」(季語:父の日 夏)
「遺されし家族は元気虹架かる」(季語:虹 夏)
 犀行さんの句は、全体に肩の力が抜けている。多作の福と言うべきか、思い浮かんだ事をさっと詠う心地よさがある。そこに「好きなものをたくさん持っている」犀行さんの心根が窺える。ビートルズの傑作アルバム『アビー・ロード』のレコードジャケットは、メンバー四人が横断歩道を渡っている写真で有名だ。犀行さんはそこに五人目のメンバーとして、ちゃっかり自分を置いてみせる。その後、非業の死を遂げたジョン・レノンは、多くの名曲やメッセージを遺した。その忌にあたって、「熱燗を手に」彼の功績を友と語り明かしたのだ。「父の日の」の句では、なぜか大阪のブルースバンド憂歌団の「パチンコ~らんらんブルース」を思い出した。僕はこの曲を宴会でよく歌わせてもらっているが、きっと犀行さんのお父さんは愉快な方だったに違いない。「遺されし」は、そのお父さんへの追悼句。句集の後書きで犀行さんはジョン・レノンの「ロックンロールとは、悲しみをあくまで元気に歌う音楽のことである」という言葉を引用している。家族の悲しみに対して、「虹架かる」という明るい季語を配した犀行さんの胸中に思いを馳せた。
「石鹸玉清志郎亡き世へ吹きぬ」(季語:石鹸玉 しゃぼんだま 春) 
「ヨコハマへリバプールから渡り鳥」(季語:渡り鳥 秋) 
 犀行さんは忌野清志郎のファンと思われる。「石鹸玉」の童心と、清志郎の無邪気なパフォーマンスが響き合う。癌から一度蘇り、ついには癌で亡くなった清志郎への追慕の一句。「渡り鳥」は、清志郎が率いたバンド“RCサクセション”の名曲「トランジスタ・ラジオ」に♫リバプールからこのアンテナがキャッチしたナンバー♫という歌詞がある。まさかリバプールから横浜へ渡ってくる鳥がいるとは思えないが、ビートルズと清志郎の熱烈な信奉者ならではのファンタジーが句を成り立たせている。
「ならず者無月の街へ消えゆけり」(季語:無月 秋)  
「ディランの詩もて平成の日記果つ」(季語:日記果つ 冬) 
犀行さんの句を読むときは、音楽を知っていればいるほど、その深みが分かる。「ならず者」の句はローリング・ストーンズのアルバム『メイン・ストリートのならず者』からインスピレーションを得ていると思われる。ストーンズというバンドのキャラクターを知っていれば、「無月」の闇がことさらに深くなる。次句のボブ・ディランは、ノーベル文学賞受賞後の2018年に日本最大のロックフェス、フジロックに出演。その翌年に平成は終わった。犀行さんはまるで日記のように音楽俳句を綴っている。
「あんかうのたつぷりと這う金盥」(季語:あんこう 冬) 
「草餅を買ふや家族の倍の数」(季語:草餅 春)
音楽に疎い者にとっては犀行さんの詩情が少々分かりにくいかもしれない。それでも、音楽を通して身につけた反骨精神やユーモアのセンスに裏打ちされた句に犀行さんの本領がある。それらは音楽に詳しくなくとも感動を味わわせてくれる。「あんかう」の句の的確な写生は見事だ。その裏で、かつてのロックスターが太ってしまった姿を思わせるのが犀行さんらしい。また「草餅」の句の手放しの幸福感は、矢野顕子の歌う日常の素晴らしさに通じていて楽しくなる。音楽と俳句の同好の士として、この句集に盛大なエールを贈りたい。 
「夢を売るしごとの名刺つちふれり 犀行」(季語:つちふる 春) 

          俳句結社誌『鴻』2021年11月号 
          連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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句集『イマジン』 上野犀行・著 飯塚書店・刊   

句集『イマジン』 上野犀行・著 飯塚書店・刊   
初秋のある日、一冊の本が送られてきた。届いた句集『イマジン』の著者・上野犀行(さいごう)さんとは面識がなかったので不思議に思ったが、ページを繰ってみてピンと来た! どうやら犀行さんはロック好きのようで、『イマジン』には音楽にまつわる句が数多く収録されている。僕が音楽評論家だと知っての贈り物であることはすぐに想像がついた。音楽と俳句の同好の士として、見逃すわけにはいかない。俄然、興味が湧いて、一気に読ませていただいた。
犀行さんの所属する結社「田」主宰の水田光雄氏の序文によれば、恰幅の良い風貌と名字から「上野なら西郷さんだろう」ということで、「上野犀行=うえのさいごう」という俳号を主宰自らが付けたのだという。以来、このユーモアと俳諧味あふれる主宰の下、“さいごうさん”は伸び伸びと句作りに取り組んできたのだった。
「つくしんぼ手にいつぱいのラブソング」(季語:つくし 春)  
「らもの忌の煙草をふかす夏空へ」(季語:夏空 夏) 
「盂蘭盆会エイトビートに木魚打ち」(季語:盂蘭盆会 うらぼんえ 秋) 
 「つくしんぼ」の句からは、お気に入りのラブソングを口遊みながら、土筆を摘み集める春の日の楽しさが伝わってくる。歌っているラブソングは、お気楽なPUFFYのナンバーだったりして(笑)。次の「らもの忌」のらもは、コピーライターや小説家として活躍した中島らもの忌日。ある夏、らもはしたたかに酔って階段から転げ落ち、亡くなった。関西のブラックユーモアを身上とした鬼才らしい最期だった。犀行さんは、そんならものロックな作品と生き方におおいに共感しているのだろう。また「エイトビート」は、ロックの基本リズム。ジャズの優雅なフォービートに対して、攻撃的なロックのニュアンスを持つ。そんなリズムで木魚を叩くとは、一体どんなお坊さんなのだろうかと想像すると笑いがこみ上げる。
「秋風とアビー・ロードを大跨ぎ」(季語:秋風 秋)  
「熱燗を手にレノン忌の夜の明けぬ」(季語:熱燗 冬) 
「父の日のパチンコ玉の黒光り」(季語:父の日 夏)
「遺されし家族は元気虹架かる」(季語:虹 夏)
 犀行さんの句は、全体に肩の力が抜けている。多作の福と言うべきか、思い浮かんだ事をさっと詠う心地よさがある。そこに「好きなものをたくさん持っている」犀行さんの心根が窺える。ビートルズの傑作アルバム『アビー・ロード』のレコードジャケットは、メンバー四人が横断歩道を渡っている写真で有名だ。犀行さんはそこに五人目のメンバーとして、ちゃっかり自分を置いてみせる。その後、非業の死を遂げたジョン・レノンは、多くの名曲やメッセージを遺した。その忌にあたって、「熱燗を手に」彼の功績を友と語り明かしたのだ。「父の日の」の句では、なぜか大阪のブルースバンド憂歌団の「パチンコ~らんらんブルース」を思い出した。僕はこの曲を宴会でよく歌わせてもらっているが、きっと犀行さんのお父さんは愉快な方だったに違いない。「遺されし」は、そのお父さんへの追悼句。句集の後書きで犀行さんはジョン・レノンの「ロックンロールとは、悲しみをあくまで元気に歌う音楽のことである」という言葉を引用している。家族の悲しみに対して、「虹架かる」という明るい季語を配した犀行さんの胸中に思いを馳せた。
「石鹸玉清志郎亡き世へ吹きぬ」(季語:石鹸玉 しゃぼんだま 春) 
「ヨコハマへリバプールから渡り鳥」(季語:渡り鳥 秋) 
 犀行さんは忌野清志郎のファンと思われる。「石鹸玉」の童心と、清志郎の無邪気なパフォーマンスが響き合う。癌から一度蘇り、ついには癌で亡くなった清志郎への追慕の一句。「渡り鳥」は、清志郎が率いたバンド“RCサクセション”の名曲「トランジスタ・ラジオ」に♫リバプールからこのアンテナがキャッチしたナンバー♫という歌詞がある。まさかリバプールから横浜へ渡ってくる鳥がいるとは思えないが、ビートルズと清志郎の熱烈な信奉者ならではのファンタジーが句を成り立たせている。
「ならず者無月の街へ消えゆけり」(季語:無月 秋)  
「ディランの詩もて平成の日記果つ」(季語:日記果つ 冬) 
犀行さんの句を読むときは、音楽を知っていればいるほど、その深みが分かる。「ならず者」の句はローリング・ストーンズのアルバム『メイン・ストリートのならず者』からインスピレーションを得ていると思われる。ストーンズというバンドのキャラクターを知っていれば、「無月」の闇がことさらに深くなる。次句のボブ・ディランは、ノーベル文学賞受賞後の2018年に日本最大のロックフェス、フジロックに出演。その翌年に平成は終わった。犀行さんはまるで日記のように音楽俳句を綴っている。
「あんかうのたつぷりと這う金盥」(季語:あんこう 冬) 
「草餅を買ふや家族の倍の数」(季語:草餅 春)
音楽に疎い者にとっては犀行さんの詩情が少々分かりにくいかもしれない。それでも、音楽を通して身につけた反骨精神やユーモアのセンスに裏打ちされた句に犀行さんの本領がある。それらは音楽に詳しくなくとも感動を味わわせてくれる。「あんかう」の句の的確な写生は見事だ。その裏で、かつてのロックスターが太ってしまった姿を思わせるのが犀行さんらしい。また「草餅」の句の手放しの幸福感は、矢野顕子の歌う日常の素晴らしさに通じていて楽しくなる。音楽と俳句の同好の士として、この句集に盛大なエールを贈りたい。 
「夢を売るしごとの名刺つちふれり 犀行」(季語:つちふる 春) 

          俳句結社誌『鴻』2021年11月号 
          連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店