HAIKU

2021.07.06
【ON THE STREET 2021/07月】  for HP      『やまと尼寺精進日記』 NHK「やまと尼寺精進日記」制作班・著 NHK出版・刊 

『やまと尼寺精進日記』 NHK「やまと尼寺精進日記」制作班・著 NHK出版・刊 

『やまと尼寺精進日記』は、奈良の尼寺を舞台に四季折々の行事や草花、料理などを明るいタッチで紹介するドキュメント番組だ。地味ながら滋味深い内容で大変面白い。テレビをつけてたまたまこの番組が放送されていると、そのまま全部見てしまうことが多かった。だが、ある日、それが再放送だと気付いた。もう本放送は終了していたのである。調べてみると、平成二十九年から令和二年までの三年間、第四日曜日にNHKのEテレで放送されていた。今でもたびたび再放送されているのは、きっとファンが多いからだろう。実際、何度見ても飽きない季節感満載の三十分はとても楽しい。
 舞台となった尼寺は、奈良の桜井から吉野へ抜ける県道沿いの山中に建つ「音羽山観音寺」。住職の後藤密榮さん、副住職の佐々木慈瞳さん、お手伝いのまっちゃんが織りなす日常は、立派な風物詩になっている。春は近所の人たちとの花見、秋は境内での銀杏拾いなど、生活の場がそのまま季節に強く結びついていて、歳時記をめくるのとはまた違った楽しみがある。僕が特に好きだったのは、花祭の回。お寺の三人が作った下地に、近くの小学生たちが摘んできた花を供えて花御堂を完成させるシーンは感動的ですらあった。誕生仏を指差して「これは誰?」と質問する女の子に、密榮さんは「お釈迦様よ」と優しく教える。春の日がさんさんと降り注ぐ中でのやり取りは、並のお坊さんの説法よりもよほど有り難く感じたものだ。今回、紹介する『やまと尼寺精進日記』はそうした番組内容をまとめた本で、二冊、刊行されている。
 季節柄、夏のページを紹介しよう。タイトルは「梅仕事」。麓の檀家さんから籠いっぱいの青梅が届いた。まずは種類、大きさ、熟し加減によって選別し、下拵えに入る。「いい匂い!」「宝石みたい」と嗅覚や視覚を全開にして三人は作業に勤しむ。作るのは梅酒、梅味噌、甘露煮、梅干、梅ジュースだ。「ん??お寺で梅酒はいいのか?」とツッコミたくなるが、住職さんたちはそのあたりを一切気にしない。
「梅干すといふことひとつひとつかな 石田郷子」(季語:梅干 夏) 
 檀家さんが訪れると、「梅尽くし膳」でもてなす。梅味噌を添えた長芋、梅干に衣をつけて丸ごと揚げた天ぷら、酢の物には酒と味醂で梅干を煮て作った自家製いり酒を使う。檀家さんからいただいたものを、檀家さんに還す。その途中で自分たちも相伴に与る。この見事な循環が観音寺の心だ。ナレーションは俳優の柄本佑が担当していて、ちょっとオフビートな口調が番組のテイストに合っていて心地よい。
 ちなみにこの番組の企画は、女性ディレクターが何気なく観音寺を訪ねたところから始まった。うっかりビーチサンダルで行ってしまい、苦労してお寺にたどり着くと、笑顔の密榮さんが待っていた。庭仕事や山仕事を見たり手料理をご馳走になるうちに、浄化されていく自分を発見して番組にしてみたいと思い立ったという。
 ディレクター氏は何より住職の食べることへの情熱に惹かれた。食材はお寺の周囲で採れる山菜などがほとんど。密榮さん曰く、「買いに行くより山に行く」。親しい檀家さんの家に行く道々でも、食べられる花や葉や根を見つけると携帯している鋏を取り出して摘み籠に入れる。あるいは戴き物の筍の硬い部分は摺り下ろして団子にし、余さず、しかも美味しく食べる。「今生のいまが倖せ衣被 真砂女」の句を地で行く生き様なのである。さらに言えば、密榮さんには辛気臭さが微塵もない。食を楽しむ様子は艷やかで、僧侶でありながら、市井の小料理屋に生きた真砂女のような色気さえ感じさせるのが興味深い。
 夏の章に「ヤブカンゾウで3品」というページがあった。本堂の裏で採れた藪萱草の花と蕾を持ち帰ると、早速台所で三人の献立会議が始まる。茹で立ての花と蕾の鮮やかな色を活かした甘酢和え、生の蕾の白和え、一日限りの花にうっすら衣を纏わせた天ぷらの3品が出来上がる。そのページを見ていたら、ふと「こんな風に俳句が作れたらいいな」と思った。これも「ひとつの写生の形」なのではないか。藪萱草の花や蕾の形状や色彩を詠うだけが写生ではない。五感のすべてを使ったアプローチもまた、写生なのである。
「寒鰈箸こまやかに食うべけり 草間時彦」(季語:寒鰈 冬) 
 小骨をまめに取り除いて、寒鰈を隅々まで味わう。皿には寒鰈の骨だけが美しく残る。その箸捌きこそ、箸を使った写生なのだ。皿に魚の骨を絵付けしたピカソの有名な絵皿があるが、これは非常に俳句的な陶芸作品だと言える。
「茄子漬の色移りたる卵焼 藤井あかり」(季語:茄子漬 夏) 
 これもまた、俳句的な弁当の有り様だ。卵焼の黃と、茄子漬の紫のコントラストが楽しい。この句の作者はこうした食べ物の美しさに対して、精一杯の賛辞を贈っている。尼寺のご住職はきっとこの句が気に入るに違いない。
現在、『やまと尼寺精進日記』の過去番組はNHKオンデマンドで見れるし、DVDも発売されている。
「筍を切る音やさし夕厨 岩﨑俊」(季語:筍 たけのこ 夏) 

               俳句結社誌『鴻』連載コラム「ON THE STREET」
                  2021年7月号より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2021.07.06
【ON THE STREET 2021/07月】  for HP      『やまと尼寺精進日記』 NHK「やまと尼寺精進日記」制作班・著 NHK出版・刊 

『やまと尼寺精進日記』 NHK「やまと尼寺精進日記」制作班・著 NHK出版・刊 

『やまと尼寺精進日記』は、奈良の尼寺を舞台に四季折々の行事や草花、料理などを明るいタッチで紹介するドキュメント番組だ。地味ながら滋味深い内容で大変面白い。テレビをつけてたまたまこの番組が放送されていると、そのまま全部見てしまうことが多かった。だが、ある日、それが再放送だと気付いた。もう本放送は終了していたのである。調べてみると、平成二十九年から令和二年までの三年間、第四日曜日にNHKのEテレで放送されていた。今でもたびたび再放送されているのは、きっとファンが多いからだろう。実際、何度見ても飽きない季節感満載の三十分はとても楽しい。
 舞台となった尼寺は、奈良の桜井から吉野へ抜ける県道沿いの山中に建つ「音羽山観音寺」。住職の後藤密榮さん、副住職の佐々木慈瞳さん、お手伝いのまっちゃんが織りなす日常は、立派な風物詩になっている。春は近所の人たちとの花見、秋は境内での銀杏拾いなど、生活の場がそのまま季節に強く結びついていて、歳時記をめくるのとはまた違った楽しみがある。僕が特に好きだったのは、花祭の回。お寺の三人が作った下地に、近くの小学生たちが摘んできた花を供えて花御堂を完成させるシーンは感動的ですらあった。誕生仏を指差して「これは誰?」と質問する女の子に、密榮さんは「お釈迦様よ」と優しく教える。春の日がさんさんと降り注ぐ中でのやり取りは、並のお坊さんの説法よりもよほど有り難く感じたものだ。今回、紹介する『やまと尼寺精進日記』はそうした番組内容をまとめた本で、二冊、刊行されている。
 季節柄、夏のページを紹介しよう。タイトルは「梅仕事」。麓の檀家さんから籠いっぱいの青梅が届いた。まずは種類、大きさ、熟し加減によって選別し、下拵えに入る。「いい匂い!」「宝石みたい」と嗅覚や視覚を全開にして三人は作業に勤しむ。作るのは梅酒、梅味噌、甘露煮、梅干、梅ジュースだ。「ん??お寺で梅酒はいいのか?」とツッコミたくなるが、住職さんたちはそのあたりを一切気にしない。
「梅干すといふことひとつひとつかな 石田郷子」(季語:梅干 夏) 
 檀家さんが訪れると、「梅尽くし膳」でもてなす。梅味噌を添えた長芋、梅干に衣をつけて丸ごと揚げた天ぷら、酢の物には酒と味醂で梅干を煮て作った自家製いり酒を使う。檀家さんからいただいたものを、檀家さんに還す。その途中で自分たちも相伴に与る。この見事な循環が観音寺の心だ。ナレーションは俳優の柄本佑が担当していて、ちょっとオフビートな口調が番組のテイストに合っていて心地よい。
 ちなみにこの番組の企画は、女性ディレクターが何気なく観音寺を訪ねたところから始まった。うっかりビーチサンダルで行ってしまい、苦労してお寺にたどり着くと、笑顔の密榮さんが待っていた。庭仕事や山仕事を見たり手料理をご馳走になるうちに、浄化されていく自分を発見して番組にしてみたいと思い立ったという。
 ディレクター氏は何より住職の食べることへの情熱に惹かれた。食材はお寺の周囲で採れる山菜などがほとんど。密榮さん曰く、「買いに行くより山に行く」。親しい檀家さんの家に行く道々でも、食べられる花や葉や根を見つけると携帯している鋏を取り出して摘み籠に入れる。あるいは戴き物の筍の硬い部分は摺り下ろして団子にし、余さず、しかも美味しく食べる。「今生のいまが倖せ衣被 真砂女」の句を地で行く生き様なのである。さらに言えば、密榮さんには辛気臭さが微塵もない。食を楽しむ様子は艷やかで、僧侶でありながら、市井の小料理屋に生きた真砂女のような色気さえ感じさせるのが興味深い。
 夏の章に「ヤブカンゾウで3品」というページがあった。本堂の裏で採れた藪萱草の花と蕾を持ち帰ると、早速台所で三人の献立会議が始まる。茹で立ての花と蕾の鮮やかな色を活かした甘酢和え、生の蕾の白和え、一日限りの花にうっすら衣を纏わせた天ぷらの3品が出来上がる。そのページを見ていたら、ふと「こんな風に俳句が作れたらいいな」と思った。これも「ひとつの写生の形」なのではないか。藪萱草の花や蕾の形状や色彩を詠うだけが写生ではない。五感のすべてを使ったアプローチもまた、写生なのである。
「寒鰈箸こまやかに食うべけり 草間時彦」(季語:寒鰈 冬) 
 小骨をまめに取り除いて、寒鰈を隅々まで味わう。皿には寒鰈の骨だけが美しく残る。その箸捌きこそ、箸を使った写生なのだ。皿に魚の骨を絵付けしたピカソの有名な絵皿があるが、これは非常に俳句的な陶芸作品だと言える。
「茄子漬の色移りたる卵焼 藤井あかり」(季語:茄子漬 夏) 
 これもまた、俳句的な弁当の有り様だ。卵焼の黃と、茄子漬の紫のコントラストが楽しい。この句の作者はこうした食べ物の美しさに対して、精一杯の賛辞を贈っている。尼寺のご住職はきっとこの句が気に入るに違いない。
現在、『やまと尼寺精進日記』の過去番組はNHKオンデマンドで見れるし、DVDも発売されている。
「筍を切る音やさし夕厨 岩﨑俊」(季語:筍 たけのこ 夏) 

               俳句結社誌『鴻』連載コラム「ON THE STREET」
                  2021年7月号より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店