HAIKU

2020.12.05
『よこいしょういちさん』 亀山永子・文と切り絵 ゆいぽおと・刊 

『よこいしょういちさん』 亀山永子・文と切り絵 ゆいぽおと・刊 

「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」。

この衝撃的なコメントを憶えていらっしゃるだろうか。第二次世界大戦が終結した後、グアム島に二十八年もの間、潜伏し続けた日本兵の横井庄一さん(1915年~1997年)の帰国の際の発言だ。痩せてはいるが精悍な顔立ちと、はっきりとした物言いで、横井さんは日本人に「戦中と戦後」の在り方を改めて突きつけたのだった。
『よこいしょういちさん』は、横井さんの苛烈な人生を切り絵と文章で伝える絵本だ。著者の亀山永子さんは横井さんが帰国した翌年に生まれた主婦で、「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」という言葉を知って「なぜ恥ずかしいのだろう?」と不思議に思ったことが絵本を作るキッカケになったという。横井さんに関する事実を調べていくうちに、『戦陣訓』にある「生きて虜囚の辱めを受けず」などの思想教育や、実際の戦場の悲惨さに思い至り、後世に伝えるべきと考えて絵本の制作に入った。

「星月夜切絵の妻が倚り立てり 舘川京二」(季語:星月夜 秋) 
横井さんと切り絵とは、なんとも奇妙な取り合わせに思えるかもしれない。だが切り絵は存外、人間味のある表現なのである。特に亀山さんの切り絵は骨太で、兵隊の体つきや、グアムに茂る羊歯の類などがよく描写されていて、シンプルで実在感のある作品になっている。文章が生々しいだけに、切り絵ならではの柔らかさが救いとなって、横井さんの過酷な潜伏生活に共感する隙間を作ってくれる。

 絵本の原型は三年前に完成。亀山さんは横井さんと同じ愛知県出身で、地元・一宮市の小学校や児童館で読み聞かせをしたり、コツコツと自分で絵本の複製を作っては県内の図書館などに寄贈してきた。もともとは手作りの本だったのだが、そうした活動が次第に知られるようになり、今年の夏、“ゆいぽおと”という名古屋市にある出版社から『よこいしょういちさん』は刊行されたのだった。

「あなたは、ねずみを食べたことがありますか? かえるを食べたことはありますか? でんでんむしは?」
 絵本の冒頭はこんな文章で始まる。グアムのジャングルでの究極のサバイバル生活には、想像を絶する飢餓が待っていた。空腹の余り、自殺する者もいたという。鼠や蛙をはじめ、昆虫に至るまで口に入るものなら何でも食べた。襲ってきた敵の兵士を倒したら、まず彼らの携帯食糧を奪って食べる。その時、横井さんは「殺さなければ殺される。それはアメリカ兵にとっても同じこと」だと思ったという。戦争の非人間的な面を常に考え、自分たちも敵兵も同じ恐怖と苦しみにあえいでいることを、横井さんは忘れなかった。
 こうした緊迫した場面で切り絵が効果を発揮する。極端に省略された白黒の絵が、戦争の不気味さと残酷さを静かに伝えてくれる。ある日、別の場所で潜伏生活をしていた同僚兵たちの洞穴に行ってみると、彼らは亡くなっていて、二つのシャレコウベが転がっているだけだった。この場面の切り絵はドキリとするほど鮮烈で、亀山さんが汲み取った横井さんの思いが的確に表現されている。 

「切絵師の肩にてふてふとまりけり 加古宗也」(季語:てふてふ=蝶 春) 
 この句の切り絵師は大道芸人だろうか。蝶はしばしば切り絵の題材になる。紙のようにひらひら舞う姿は、そのまま切り絵から抜け出したようにも見える。この切り絵の持つファンタジー性が、本書でも大きな魅力になっている。同僚の遺骨を日本に持って帰ると決心した横井さんが祈りを捧げるシーンは、まるで棟方志功の版画のように見る者に迫ってくる。白眉の一ページだ。
横井さんは幼い頃からの辛苦で培った負けん気で、たった一人になっても島で生き抜いていく。やがて帰国し、マスコミや世間に翻弄されながらも、生涯の伴侶の美保子さんにめぐり逢う。二人でグアムを訪れた際、美保子さんは横井さんの暮らした洞穴を見て、こんなところでたった一人、蛙や鼠を食べながら命をつないでいた横井さんの心を思って悲しみに暮れる。その洞穴を描いた切り絵の寒々としたタッチが秀逸で、この本ならではの感動を呼ぶ。
また横井さんの心に安寧をもたらした趣味の陶芸のシーンも、切り絵ならではの美しさがあり、横井さんの優しさをたくさん発見して紹介している点が亀山さんの手柄だ。子煩悩な横井さんだが、子供を持つことが叶わなかったことを踏まえて、「この次は戦なき世に生まれきて父母子等と夕餉を囲まむ 横井庄一」(横井美保子・著『鎮魂の旅路』より)という短歌にもページを割いている。

このページにはもう一つエピソードが盛り込まれている。横井さんは亡くなる前に、「自分はグアム島の蛙や鼠やでんでん虫の命を奪って生きながらえることができたのだから、彼らの慰霊碑を建ててやりたい」と望んだ。その石碑は今、横井さんの墓碑の隣に建っている。このことと、最初に紹介したコメントのどちらにも「生きながらえる」という言葉が含まれている。何ら恥じることのない生存の戦いに注目すると、横井さんの発した言葉の意味深さが再び胸に迫ってくるのだった。

「牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ 兜太」(季語:蛙 春)

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2020.12.05
『よこいしょういちさん』 亀山永子・文と切り絵 ゆいぽおと・刊 

『よこいしょういちさん』 亀山永子・文と切り絵 ゆいぽおと・刊 

「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」。

この衝撃的なコメントを憶えていらっしゃるだろうか。第二次世界大戦が終結した後、グアム島に二十八年もの間、潜伏し続けた日本兵の横井庄一さん(1915年~1997年)の帰国の際の発言だ。痩せてはいるが精悍な顔立ちと、はっきりとした物言いで、横井さんは日本人に「戦中と戦後」の在り方を改めて突きつけたのだった。
『よこいしょういちさん』は、横井さんの苛烈な人生を切り絵と文章で伝える絵本だ。著者の亀山永子さんは横井さんが帰国した翌年に生まれた主婦で、「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」という言葉を知って「なぜ恥ずかしいのだろう?」と不思議に思ったことが絵本を作るキッカケになったという。横井さんに関する事実を調べていくうちに、『戦陣訓』にある「生きて虜囚の辱めを受けず」などの思想教育や、実際の戦場の悲惨さに思い至り、後世に伝えるべきと考えて絵本の制作に入った。

「星月夜切絵の妻が倚り立てり 舘川京二」(季語:星月夜 秋) 
横井さんと切り絵とは、なんとも奇妙な取り合わせに思えるかもしれない。だが切り絵は存外、人間味のある表現なのである。特に亀山さんの切り絵は骨太で、兵隊の体つきや、グアムに茂る羊歯の類などがよく描写されていて、シンプルで実在感のある作品になっている。文章が生々しいだけに、切り絵ならではの柔らかさが救いとなって、横井さんの過酷な潜伏生活に共感する隙間を作ってくれる。

 絵本の原型は三年前に完成。亀山さんは横井さんと同じ愛知県出身で、地元・一宮市の小学校や児童館で読み聞かせをしたり、コツコツと自分で絵本の複製を作っては県内の図書館などに寄贈してきた。もともとは手作りの本だったのだが、そうした活動が次第に知られるようになり、今年の夏、“ゆいぽおと”という名古屋市にある出版社から『よこいしょういちさん』は刊行されたのだった。

「あなたは、ねずみを食べたことがありますか? かえるを食べたことはありますか? でんでんむしは?」
 絵本の冒頭はこんな文章で始まる。グアムのジャングルでの究極のサバイバル生活には、想像を絶する飢餓が待っていた。空腹の余り、自殺する者もいたという。鼠や蛙をはじめ、昆虫に至るまで口に入るものなら何でも食べた。襲ってきた敵の兵士を倒したら、まず彼らの携帯食糧を奪って食べる。その時、横井さんは「殺さなければ殺される。それはアメリカ兵にとっても同じこと」だと思ったという。戦争の非人間的な面を常に考え、自分たちも敵兵も同じ恐怖と苦しみにあえいでいることを、横井さんは忘れなかった。
 こうした緊迫した場面で切り絵が効果を発揮する。極端に省略された白黒の絵が、戦争の不気味さと残酷さを静かに伝えてくれる。ある日、別の場所で潜伏生活をしていた同僚兵たちの洞穴に行ってみると、彼らは亡くなっていて、二つのシャレコウベが転がっているだけだった。この場面の切り絵はドキリとするほど鮮烈で、亀山さんが汲み取った横井さんの思いが的確に表現されている。 

「切絵師の肩にてふてふとまりけり 加古宗也」(季語:てふてふ=蝶 春) 
 この句の切り絵師は大道芸人だろうか。蝶はしばしば切り絵の題材になる。紙のようにひらひら舞う姿は、そのまま切り絵から抜け出したようにも見える。この切り絵の持つファンタジー性が、本書でも大きな魅力になっている。同僚の遺骨を日本に持って帰ると決心した横井さんが祈りを捧げるシーンは、まるで棟方志功の版画のように見る者に迫ってくる。白眉の一ページだ。
横井さんは幼い頃からの辛苦で培った負けん気で、たった一人になっても島で生き抜いていく。やがて帰国し、マスコミや世間に翻弄されながらも、生涯の伴侶の美保子さんにめぐり逢う。二人でグアムを訪れた際、美保子さんは横井さんの暮らした洞穴を見て、こんなところでたった一人、蛙や鼠を食べながら命をつないでいた横井さんの心を思って悲しみに暮れる。その洞穴を描いた切り絵の寒々としたタッチが秀逸で、この本ならではの感動を呼ぶ。
また横井さんの心に安寧をもたらした趣味の陶芸のシーンも、切り絵ならではの美しさがあり、横井さんの優しさをたくさん発見して紹介している点が亀山さんの手柄だ。子煩悩な横井さんだが、子供を持つことが叶わなかったことを踏まえて、「この次は戦なき世に生まれきて父母子等と夕餉を囲まむ 横井庄一」(横井美保子・著『鎮魂の旅路』より)という短歌にもページを割いている。

このページにはもう一つエピソードが盛り込まれている。横井さんは亡くなる前に、「自分はグアム島の蛙や鼠やでんでん虫の命を奪って生きながらえることができたのだから、彼らの慰霊碑を建ててやりたい」と望んだ。その石碑は今、横井さんの墓碑の隣に建っている。このことと、最初に紹介したコメントのどちらにも「生きながらえる」という言葉が含まれている。何ら恥じることのない生存の戦いに注目すると、横井さんの発した言葉の意味深さが再び胸に迫ってくるのだった。

「牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ 兜太」(季語:蛙 春)

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店