HAIKU

2024.03.11
講座『AIと一緒に俳句を楽しもう!』 講師 平山雄一&大塚凱 主催・エンジン01文化戦略会議 

講座『AIと一緒に俳句を楽しもう!』 講師 平山雄一&大塚凱 主催・エンジン01文化戦略会議  

一月末に帝京平成大学千葉キャンパスで行なわれたイベント『エンジン01 in 市原』で、『AIと一緒に俳句を楽しもう!』という講座を開催した。講師は僕と大塚凱さん。大塚さんは北海道大学が開発している俳句生成AI「AI一茶くん」の研究に参加している俳人で、俳句同人誌「ねじまわし」発行人でもある。「AI一茶くん」の仕組みや現状を、研究者の立場から受講者にレクチャーしていただいた。
ゲストには腰痛治療の権威・福井康之さん(脊椎外科医/牧田総合病院脊椎脊髄センター⾧/慶應義塾大学医学部 特任教授)と、煎茶道家元・佃一可さん(茶道宗家一茶菴 十四世)をお招きして、それぞれの立場からAI俳句についてコメントしてもらうという趣向だ。
「初恋の焚火の跡を通りけり」(季語:焚火 たきび 冬)
「戦争を語りつくしてトマト食む」(季語:トマト 夏)
「あだし野はうしろ姿の衣更」(季語:衣更 ころもがえ 夏)
 まずはここに挙げたAI一茶くんの代表句から話を始めると、受講者は「初恋」や「戦争を」の句を読んで「これをAIが作ったんですか?」と感嘆することしきり。ChatGPTで俳句を作ったことのある人もいて、ChatGPTとは比べものにならないほどのレベルの高さに驚いていた。
 その一方で、佃さんが「“けり”を使っていかにも俳句らしく作っているのは面白くない。AIなんだからもっと斬新な俳句を作るのかと思っていた」と鋭いツッコミを入れる。すると大塚さんは「もともとAI一茶くんは、芭蕉や虚子などの伝統的な句を学ばせて、俳句らしいものを生成するように作られているので」と苦笑。「それはそうだ」と受講者も佃さんも納得の笑いが起こったのだった。
「雪解川腰痛の子を泳がせて」(季語:雪解 ゆきげ 春) 
「生涯を腰痛にして大暑かな」(季語:大暑 夏) 
 次は福井さんの専門である腰痛をテーマに、AI一茶くんが詠んだ句について話し合う。「雪解川」の句について福井さんに意見を求めると、「泳ぐのは腰痛治療の有効な方法だけど、雪解川って何?」と質問が返ってきた。「雪解けの水が流れる川です」と答えると、「それは冷たすぎて、かえって腰に悪い」と福井さん。会場から再び笑いが起こる。「AI一茶くんは、何を参考にしてこの句に雪解川を持ってきたのかな?」と僕が大塚さんに聞くと、「膨大な数の句を学ばせているので、わかりませんね。ただ“腰痛の子を泳がせて”は面白いから、別の季語を考えてみるのも面白いかも」とのこと。確かに「立春の」とか「うららかや」を入れると、句から別の情緒が立ち上がる。AI一茶くんを使って楽しむヒントは、このあたりにあるのかもしれない。
「“大暑”の句はいいですね。腰痛は冷えるとダメなので、夏は楽なんです」と福井さん。そう思ってこの句を鑑賞し直すと、深い意味を帯びてくる。長年、腰痛に苦しんできた人だからこそ詠める境涯なのかもしれない。ただしAI一茶くんがそこまで考えて作ったかどうかはわからないが。
「一杯の茶をもてあそぶ菊膾」(季語:菊膾 きくなます 秋) 
「囀のこぼれてゐたる煎茶碗」(季語:囀 さえずり 春) 
 今度は茶を詠んだ句を佃さんに鑑賞してもらう。「一杯の」の句は、「もてあそぶ」が意味を成していないと手厳しい。「囀の」は「ゐたる」という旧仮名を使って俳句らしくしているのが、「けり」と同じく面白くないとのこと。「ただ煎茶碗はとても小さいものなので、鳥の声がこぼれ出す感じとよく合っている」。茶道宗家ならではの解釈に、僕も大塚さんも受講者も感心したのだった。そしてこれもまた、AI一茶くんがそこまで考えて作ったかどうかはわからないのだが(笑)。
 それでも今回、その道のプロに来ていただいたのは、こうした発見をすることでAI俳句の可能性を探ってみたかったからなので、非常に意味のあるディスカッションになった。
 後半はAI一茶くんを使って実際に俳句を作る過程を、大塚さんにデモンストレーションしてもらった。季語を決め、まず一句を生成する。その後、上五、中七、下五を入れ替えていく。上五と中七がうまく繋がったら、下五をAI一茶くんにまかせると、関連した言葉の候補が瞬時に十個近く表示され、その中から選んでいく。 
大塚さんのパソコン画面を大写しにしたスクリーンで作業の様子を見ている受講者から、感動の声が上がる。佃さんは「選んでいるだけで、これは創作ではない。自分の言葉で作らないと」と相変わらず批判的な姿勢を崩さない。福井さんはそれを聞いてニコニコしている。大塚さんは鮮やかな手さばきで、一句を煮詰めていく。
佃さんの言う「自分の言葉で作らないと」という言葉は真実だが、句を作るとき、類語辞典を使ったりしながら言葉を選ぶのは、ままあることだ。そうした“言葉の候補探し”を助けてくれるのがAIならば、使い方次第では強い味方になるだろう。AIによる作句作業をリアルタイムで体験した受講者たちの目が、キラキラと輝いていく。受講者たちに俳句作りの楽しさが伝わったなら、この講座は大成功だったと思う。      
「脊椎の梢が見えて日向ぼこ AI一茶くん」(季語:日向ぼこ 冬) 

                    俳句結社誌『鴻』2024年3月号 
                    連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2024.03.11
講座『AIと一緒に俳句を楽しもう!』 講師 平山雄一&大塚凱 主催・エンジン01文化戦略会議 

講座『AIと一緒に俳句を楽しもう!』 講師 平山雄一&大塚凱 主催・エンジン01文化戦略会議  

一月末に帝京平成大学千葉キャンパスで行なわれたイベント『エンジン01 in 市原』で、『AIと一緒に俳句を楽しもう!』という講座を開催した。講師は僕と大塚凱さん。大塚さんは北海道大学が開発している俳句生成AI「AI一茶くん」の研究に参加している俳人で、俳句同人誌「ねじまわし」発行人でもある。「AI一茶くん」の仕組みや現状を、研究者の立場から受講者にレクチャーしていただいた。
ゲストには腰痛治療の権威・福井康之さん(脊椎外科医/牧田総合病院脊椎脊髄センター⾧/慶應義塾大学医学部 特任教授)と、煎茶道家元・佃一可さん(茶道宗家一茶菴 十四世)をお招きして、それぞれの立場からAI俳句についてコメントしてもらうという趣向だ。
「初恋の焚火の跡を通りけり」(季語:焚火 たきび 冬)
「戦争を語りつくしてトマト食む」(季語:トマト 夏)
「あだし野はうしろ姿の衣更」(季語:衣更 ころもがえ 夏)
 まずはここに挙げたAI一茶くんの代表句から話を始めると、受講者は「初恋」や「戦争を」の句を読んで「これをAIが作ったんですか?」と感嘆することしきり。ChatGPTで俳句を作ったことのある人もいて、ChatGPTとは比べものにならないほどのレベルの高さに驚いていた。
 その一方で、佃さんが「“けり”を使っていかにも俳句らしく作っているのは面白くない。AIなんだからもっと斬新な俳句を作るのかと思っていた」と鋭いツッコミを入れる。すると大塚さんは「もともとAI一茶くんは、芭蕉や虚子などの伝統的な句を学ばせて、俳句らしいものを生成するように作られているので」と苦笑。「それはそうだ」と受講者も佃さんも納得の笑いが起こったのだった。
「雪解川腰痛の子を泳がせて」(季語:雪解 ゆきげ 春) 
「生涯を腰痛にして大暑かな」(季語:大暑 夏) 
 次は福井さんの専門である腰痛をテーマに、AI一茶くんが詠んだ句について話し合う。「雪解川」の句について福井さんに意見を求めると、「泳ぐのは腰痛治療の有効な方法だけど、雪解川って何?」と質問が返ってきた。「雪解けの水が流れる川です」と答えると、「それは冷たすぎて、かえって腰に悪い」と福井さん。会場から再び笑いが起こる。「AI一茶くんは、何を参考にしてこの句に雪解川を持ってきたのかな?」と僕が大塚さんに聞くと、「膨大な数の句を学ばせているので、わかりませんね。ただ“腰痛の子を泳がせて”は面白いから、別の季語を考えてみるのも面白いかも」とのこと。確かに「立春の」とか「うららかや」を入れると、句から別の情緒が立ち上がる。AI一茶くんを使って楽しむヒントは、このあたりにあるのかもしれない。
「“大暑”の句はいいですね。腰痛は冷えるとダメなので、夏は楽なんです」と福井さん。そう思ってこの句を鑑賞し直すと、深い意味を帯びてくる。長年、腰痛に苦しんできた人だからこそ詠める境涯なのかもしれない。ただしAI一茶くんがそこまで考えて作ったかどうかはわからないが。
「一杯の茶をもてあそぶ菊膾」(季語:菊膾 きくなます 秋) 
「囀のこぼれてゐたる煎茶碗」(季語:囀 さえずり 春) 
 今度は茶を詠んだ句を佃さんに鑑賞してもらう。「一杯の」の句は、「もてあそぶ」が意味を成していないと手厳しい。「囀の」は「ゐたる」という旧仮名を使って俳句らしくしているのが、「けり」と同じく面白くないとのこと。「ただ煎茶碗はとても小さいものなので、鳥の声がこぼれ出す感じとよく合っている」。茶道宗家ならではの解釈に、僕も大塚さんも受講者も感心したのだった。そしてこれもまた、AI一茶くんがそこまで考えて作ったかどうかはわからないのだが(笑)。
 それでも今回、その道のプロに来ていただいたのは、こうした発見をすることでAI俳句の可能性を探ってみたかったからなので、非常に意味のあるディスカッションになった。
 後半はAI一茶くんを使って実際に俳句を作る過程を、大塚さんにデモンストレーションしてもらった。季語を決め、まず一句を生成する。その後、上五、中七、下五を入れ替えていく。上五と中七がうまく繋がったら、下五をAI一茶くんにまかせると、関連した言葉の候補が瞬時に十個近く表示され、その中から選んでいく。 
大塚さんのパソコン画面を大写しにしたスクリーンで作業の様子を見ている受講者から、感動の声が上がる。佃さんは「選んでいるだけで、これは創作ではない。自分の言葉で作らないと」と相変わらず批判的な姿勢を崩さない。福井さんはそれを聞いてニコニコしている。大塚さんは鮮やかな手さばきで、一句を煮詰めていく。
佃さんの言う「自分の言葉で作らないと」という言葉は真実だが、句を作るとき、類語辞典を使ったりしながら言葉を選ぶのは、ままあることだ。そうした“言葉の候補探し”を助けてくれるのがAIならば、使い方次第では強い味方になるだろう。AIによる作句作業をリアルタイムで体験した受講者たちの目が、キラキラと輝いていく。受講者たちに俳句作りの楽しさが伝わったなら、この講座は大成功だったと思う。      
「脊椎の梢が見えて日向ぼこ AI一茶くん」(季語:日向ぼこ 冬) 

                    俳句結社誌『鴻』2024年3月号 
                    連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店