HAIKU

2024.02.09
CD『ユーミン乾杯!!』 歌と演奏・YOASOBI、他 発売・ユニバーサルミュージック

CD『ユーミン乾杯!!』 歌と演奏・YOASOBI、他 発売・ユニバーサルミュージック     

 一昨年(2022年)にデビュー五十周年を迎えた松任谷由実=ユーミンは昨年、一年間を通してコンサートツアーを行なったり、他のアーティストとのコラボアルバムを発表するなど、さまざまな記念行事を行なった。
僕は昨年末に記念ツアーの「ザ・ジャーニー」をさいたまスーパーアリーナで観た。新旧バランスよく取り混ぜた選曲と見事な演出と演奏で、第一級のエンターテイメントになっていた。しかも今どきは会場に大きなスクリーンをセットして歌い手の一挙一動を映し出すのが普通だが、ユーミンはスクリーンを一切使わず、生身ひとつで三万人を超える観衆を魅了した。そして彼女の歌を聴きながら、歌詞に季語が多く使われていることに改めて気付いたのだった。
たとえばコンサートの七曲目に歌われた「青いエアメイル」の歌詞はこうだ。
♫冬は早く来る あなたの町のほうが 最後に会ったときのコートを着ていますか♫
「青いエアメイル」はヒット曲ではないがファンの間で人気のナンバーで、抽出した部分はこのまま一句になりそうなフレーズである。またアンコールで歌われた「守ってあげたい」の♫日暮れまで土手にすわり レンゲを編んだ♫という一節もまた、一句になる構えがある。それはユーミンが「コート」や「レンゲ」などの季語を的確に使って、歌の主人公の気持ちを過不足なく描いているからだ。
言うまでもないが、ユーミンは日本を代表するシンガーソングライターである。彼女がデビューした一九七〇年代前半の日本のラブソングは歌謡曲や演歌が主流で、そこで扱われる季節感はずいぶんと湿ったものだった。雪の町で男の胸にすがって泣く女が描かれたり、♫落葉の舞い散る停車場は 悲しい女の吹きだまり♫(一九七一年「終着駅」歌・奥村チヨ 作詞・千家和也)なんて歌もあったほどジメジメしていた。
そこに現われたユーミンは“乾いた季節感”のあるラブソングを発表して、日本のポップスに新しい境地を拓いた。この“乾いた季節感”は、俳句の情緒に非常に近いと思う。
「ことに眉青きは近江の雪女郎 吉田鴻司」(季語:雪女郎 冬)
 演歌と同じ雪と女を詠んでも、俳句ではこうしたユーモアを加えることで表現する感情の湿度が下がる。もしもこの句が、鴻司師が近江あたりで雪に降り籠められている時に詠んだものだとしたら、寒くて折れそうな心を奮い立たせるに十分な力を持っていただろう。つらい時に笑ってこそ俳句なのだ。おそらくユーミンはこの俳句の逆説的表現と同じものを心がけているのではないかと思われる。
実際、ユーミンは早くから俳句の仕組みに興味を抱いていて、テレビ番組でリスナーから募った五七五を発表。それをまとめた『松任谷由実選集五七五』という本も出している。彼女のレパートリーには「春よ、来い」、「真夏の夜の夢」、「りんごのにおいと風の国」、「恋人がサンタクロース」など、四季からアイデアを得た名曲がズラリと並ぶ。それらはかつての歌謡曲とは一線を画す乾いた叙情にあふれ、若いファンに支持されていった。
 今回、紹介するCD『ユーミン乾杯!!』は副題に「松任谷由実五十周年記念コラボベストアルバム」とあるように、昨年発売された企画作品だ。ユーミンを敬愛する若手アーティストたちが、ユーミンがこの五十年間に発表した楽曲の中から一曲を選び、独自のアイデアでカバー=生まれ変わらせるという画期的な内容になっている。
 去年の紅白歌合戦でも大活躍したYOASOBI(ヨアソビ)は「中央フリーウェイ」をカバー。キーワードである「中央」を「チューオー」と発音して、YOASOBIならではの中性的な魅力を名曲に加えることに成功している。彼らはきっと両親が聴いていたユーミンに幼い頃から親しんでいたのだろう。♫二人して 流星になったみたい♫と、ここにも季語が登場する。
 人気テレビ番組『オレたちひょうきん族』のテーマソングだった「サタデーナイトゾンビーズ」を取り上げたのは、ヒップホップグループのRHYMESTER(ライムスター)で、元々のユーミンの歌詞をスリリングに膨らませたラップを付け加えている。これはさしずめ「連句」といった趣きで、かつて鴻司の師、角川源義が詠んだ「峠越えただに倶知安の青山河」(季語:青山河 夏)に応えて、鴻司師が「青山河の句碑成り郭公声かぎり」(季語:郭公 かっこう 夏)と詠んだような魂の交信がある。
 ちょっと不良っぽい「サタデーナイトゾンビーズ」に対して、「守ってあげたい」は純粋無垢なテイストに生まれ変わった。教会に響くようなサウンドを作ったのは、あの小室哲哉。ユーミンの歌を包み込むコーラスは乃木坂46が担当。この曲には前述の「レンゲ」をはじめ、「夏」や「トンボ」などの季語がちりばめられいる。
 このアルバムに参加したアーティストたちは、誰もが季節感豊かなユーミン作品を楽しんでカバーしている。ユーミンは、日本で最も多くの季語を使って歌詞を書いている作詞家だろう。不易流行という言葉は、だから彼女にふさわしい。  
「紅の花枯れし赤さはもうあせず 加藤知世子」(季語:枯れ 冬)
            俳句結社誌『鴻』2024年2月号 
            連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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CD『ユーミン乾杯!!』 歌と演奏・YOASOBI、他 発売・ユニバーサルミュージック

CD『ユーミン乾杯!!』 歌と演奏・YOASOBI、他 発売・ユニバーサルミュージック     

 一昨年(2022年)にデビュー五十周年を迎えた松任谷由実=ユーミンは昨年、一年間を通してコンサートツアーを行なったり、他のアーティストとのコラボアルバムを発表するなど、さまざまな記念行事を行なった。
僕は昨年末に記念ツアーの「ザ・ジャーニー」をさいたまスーパーアリーナで観た。新旧バランスよく取り混ぜた選曲と見事な演出と演奏で、第一級のエンターテイメントになっていた。しかも今どきは会場に大きなスクリーンをセットして歌い手の一挙一動を映し出すのが普通だが、ユーミンはスクリーンを一切使わず、生身ひとつで三万人を超える観衆を魅了した。そして彼女の歌を聴きながら、歌詞に季語が多く使われていることに改めて気付いたのだった。
たとえばコンサートの七曲目に歌われた「青いエアメイル」の歌詞はこうだ。
♫冬は早く来る あなたの町のほうが 最後に会ったときのコートを着ていますか♫
「青いエアメイル」はヒット曲ではないがファンの間で人気のナンバーで、抽出した部分はこのまま一句になりそうなフレーズである。またアンコールで歌われた「守ってあげたい」の♫日暮れまで土手にすわり レンゲを編んだ♫という一節もまた、一句になる構えがある。それはユーミンが「コート」や「レンゲ」などの季語を的確に使って、歌の主人公の気持ちを過不足なく描いているからだ。
言うまでもないが、ユーミンは日本を代表するシンガーソングライターである。彼女がデビューした一九七〇年代前半の日本のラブソングは歌謡曲や演歌が主流で、そこで扱われる季節感はずいぶんと湿ったものだった。雪の町で男の胸にすがって泣く女が描かれたり、♫落葉の舞い散る停車場は 悲しい女の吹きだまり♫(一九七一年「終着駅」歌・奥村チヨ 作詞・千家和也)なんて歌もあったほどジメジメしていた。
そこに現われたユーミンは“乾いた季節感”のあるラブソングを発表して、日本のポップスに新しい境地を拓いた。この“乾いた季節感”は、俳句の情緒に非常に近いと思う。
「ことに眉青きは近江の雪女郎 吉田鴻司」(季語:雪女郎 冬)
 演歌と同じ雪と女を詠んでも、俳句ではこうしたユーモアを加えることで表現する感情の湿度が下がる。もしもこの句が、鴻司師が近江あたりで雪に降り籠められている時に詠んだものだとしたら、寒くて折れそうな心を奮い立たせるに十分な力を持っていただろう。つらい時に笑ってこそ俳句なのだ。おそらくユーミンはこの俳句の逆説的表現と同じものを心がけているのではないかと思われる。
実際、ユーミンは早くから俳句の仕組みに興味を抱いていて、テレビ番組でリスナーから募った五七五を発表。それをまとめた『松任谷由実選集五七五』という本も出している。彼女のレパートリーには「春よ、来い」、「真夏の夜の夢」、「りんごのにおいと風の国」、「恋人がサンタクロース」など、四季からアイデアを得た名曲がズラリと並ぶ。それらはかつての歌謡曲とは一線を画す乾いた叙情にあふれ、若いファンに支持されていった。
 今回、紹介するCD『ユーミン乾杯!!』は副題に「松任谷由実五十周年記念コラボベストアルバム」とあるように、昨年発売された企画作品だ。ユーミンを敬愛する若手アーティストたちが、ユーミンがこの五十年間に発表した楽曲の中から一曲を選び、独自のアイデアでカバー=生まれ変わらせるという画期的な内容になっている。
 去年の紅白歌合戦でも大活躍したYOASOBI(ヨアソビ)は「中央フリーウェイ」をカバー。キーワードである「中央」を「チューオー」と発音して、YOASOBIならではの中性的な魅力を名曲に加えることに成功している。彼らはきっと両親が聴いていたユーミンに幼い頃から親しんでいたのだろう。♫二人して 流星になったみたい♫と、ここにも季語が登場する。
 人気テレビ番組『オレたちひょうきん族』のテーマソングだった「サタデーナイトゾンビーズ」を取り上げたのは、ヒップホップグループのRHYMESTER(ライムスター)で、元々のユーミンの歌詞をスリリングに膨らませたラップを付け加えている。これはさしずめ「連句」といった趣きで、かつて鴻司の師、角川源義が詠んだ「峠越えただに倶知安の青山河」(季語:青山河 夏)に応えて、鴻司師が「青山河の句碑成り郭公声かぎり」(季語:郭公 かっこう 夏)と詠んだような魂の交信がある。
 ちょっと不良っぽい「サタデーナイトゾンビーズ」に対して、「守ってあげたい」は純粋無垢なテイストに生まれ変わった。教会に響くようなサウンドを作ったのは、あの小室哲哉。ユーミンの歌を包み込むコーラスは乃木坂46が担当。この曲には前述の「レンゲ」をはじめ、「夏」や「トンボ」などの季語がちりばめられいる。
 このアルバムに参加したアーティストたちは、誰もが季節感豊かなユーミン作品を楽しんでカバーしている。ユーミンは、日本で最も多くの季語を使って歌詞を書いている作詞家だろう。不易流行という言葉は、だから彼女にふさわしい。  
「紅の花枯れし赤さはもうあせず 加藤知世子」(季語:枯れ 冬)
            俳句結社誌『鴻』2024年2月号 
            連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店