HAIKU

2023.06.01
『流砂譚』 北大路翼・著  邑書林・刊 

『流砂譚』 北大路翼・著  邑書林・刊  

「初日の出都庁がなかつたら見える 翼」(季語:初日の出 新年)
 北大路翼の第4句集『流砂譚』は、この句から始まる。第3句集『見えない傷』が出たのが2020年だから3年ぶりの句集ということになるが、それは『流砂譚』がコロナ禍に作られた句だけで構成されていることを意味する。
 コロナは人々の身体的健康だけでなく、心の健康をも脅かした。このことは俳人の方々なら同感するに違いない。不要不急な外出を控えるよう要請が出され、自然に親しむことができず、句会も開けなくなった。
当然、翼も大きなダメージを受けた。後書きには「コロナウイルスの蔓延が始まつた2020年は、心が荒み俳句どころではなくなつてゐたのである。ただただ不平不満をぶつけるだけの句が増え、つひにはそんな句のデータが入つてゐたパソコンを叩き割つてしまつた」とある。実際、翼は2020年の句を全部捨て、それ以降の559句で『流砂譚』を編んだ。
一方で都知事の容赦ない飲食店への取り締まりは、翼の牙城であった俳句バー「砂の城」にも甚大な影響を及ぼし、冒頭の句の吐露となった。ちなみに2021年の年明けには、都知事の厳格な施策にも関わらず感染爆発が起こった。翼は句集を出す度に盛大な出版パーティを開催して仲間と歓びを分かち合ってきたが、『見えない傷』のパーティは自粛を余儀なくされ、相当に凹んでいたことを憶えている。

「浪人生マスクの紐が伸びてゐる」(季語:マスク 冬)
「刻み海苔どれも困つた眉に見ゆ」(季語:海苔 春)
「石鹸玉仕方ないので仕方ない」(季語:石鹸玉 しゃぼんだま 春)
 コロナ禍の受験に臨んでマスクの着脱を繰り返し、崩壊寸前にまで追い込まれた「浪人生」の心に翼は寄り添う。ざる蕎麦にぱらりと振られた刻み海苔に、社会の表情を見る。病気になりたい人なんていないのだから、感染してしまうのは仕方のないこと。しかしその感染者に対して、治療よりも他に感染させないことを最優先させた政府に翼は怒る。コロナ予防の手洗いの際の「石鹸玉」には、一体何が映っていたのだろうか。

「美しき不要不急の初夏の旅」(季語:初夏 夏) 
「コンビニですでに水着になつてゐる」(季語:水着 夏)
「波音が昼寝の端を濡らしをり」(季語:昼寝 夏)
 翼は、彼らしい反撃に出る。緊急事態宣言の間を縫っては伊豆方面に繰り出し、小さな旅を楽しんでいた。誰にとっての「不要不急」なのか。翼にとって旅は、必要不可欠のものだった。海を待ちきれない「コンビニ」での光景やロマンティックな「昼寝」には、翼の心の復活の予兆がある。

「花火大会集まつてから中止」(季語:花火 夏)
「閉鎖したはずの公園から花火」(季語:花火 夏)
「かき氷もつとガンガン攻めて来い」(季語:かき氷 夏)
「紫陽花の花期の長さや不在票」(季語:紫陽花 夏) 
 政府のコロナ対策には、本当に右往左往させられた。年中行事のほとんどが中止の憂き目にあう中、オリンピック・パラリンピックは開催という矛盾。最たるものは「集まつてから中止」という事態も多々あった。それでも収まらない気持ちがある。「閉鎖した」の句にあるささやかな抗議に、翼は共感する。「かき氷」はまさしく“翼節”だ。かき氷にザクリとスプーンを刺した瞬間の明るく不敵な笑い声が聞こえてくる。「紫陽花の」は、そんな2021年の夏の裏側を描く。クラスターが起こった家族だろうか。隔離された家の郵便受けには日々、不在票が溜まっていく。一読、紫陽花の花期の長さを詠んだ「紫陽花に秋冷いたる信濃かな 久女」の哀愁を思った。
 前述のように、この句集の成り立ちはかなり特殊だ。制作期間にはコロナに加えてオリパラの強行開催、ウクライナ侵攻と、次から次へと重大事が重なった。俳句界に限ってみても各結社の大会や吟行が制限され、寂しさや悔しさ、行き場のない怒りに駆られた俳人が多かったと思う。
「手摺に秋津みんなコロナの後遺症」(季語:秋津 とんぼ 秋)
 この句集で「コロナ」という言葉を翼が使ったのは、この一句のみ。おそらく彼が捨てた2020年の句にはたくさん使われていたと想像されるが、多捨の英断は翼が心底俳句を愛しているところから生まれていると思う。

「通販の鈴虫鳴きながら届く」(季語:鈴虫 秋)
「バーコード読み取りづらき八つ頭」(季語:八つ頭 秋) 
「蕨狩背に水筒のごりごりと」(季語:蕨 春)
 やがて翼は、本来の観察眼と表現を取り戻していく。コロナ禍でめっきり増えた宅配物に「鈴虫」とは! 大きく育ったでこぼこの「八つ頭」に貼られたバーコードには、熟練のレジ係も手を焼く。それでも秋の実りは嬉しいものだ。「蕨狩」で腰を屈めたとき、リュックの中の水筒が背中に当たる感触がリアルだ。 

「水洟のぴろんと昭和美しき」(季語:水洟 冬)
「義士祭私財をちよつと投げ打つて」(季語:義士祭 春)  
「立ち食ひのコート七味をかけまくる」(季語:コート 冬)  
これらの口語調俳句も勢いを増している。「水洟」「義士祭」「コート」などよく詠まれる季語を使って、独自の情緒を表わす。そこには荒んだ句を捨てて得た軽さと深みがある。俳句が文芸であるならば、大上段に構えて世界を詠む必要はない。俳句を通して世間を生きる翼の新境地を楽しみたい。俳人・翼は困難をすり抜けて健在だ。 
「でもそしてやはりとは言へ河豚が好き 翼」(季語:河豚 ふぐ 冬) 

             俳句結社誌『鴻』2023年6月号 
              連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2023.06.01
『流砂譚』 北大路翼・著  邑書林・刊 

『流砂譚』 北大路翼・著  邑書林・刊  

「初日の出都庁がなかつたら見える 翼」(季語:初日の出 新年)
 北大路翼の第4句集『流砂譚』は、この句から始まる。第3句集『見えない傷』が出たのが2020年だから3年ぶりの句集ということになるが、それは『流砂譚』がコロナ禍に作られた句だけで構成されていることを意味する。
 コロナは人々の身体的健康だけでなく、心の健康をも脅かした。このことは俳人の方々なら同感するに違いない。不要不急な外出を控えるよう要請が出され、自然に親しむことができず、句会も開けなくなった。
当然、翼も大きなダメージを受けた。後書きには「コロナウイルスの蔓延が始まつた2020年は、心が荒み俳句どころではなくなつてゐたのである。ただただ不平不満をぶつけるだけの句が増え、つひにはそんな句のデータが入つてゐたパソコンを叩き割つてしまつた」とある。実際、翼は2020年の句を全部捨て、それ以降の559句で『流砂譚』を編んだ。
一方で都知事の容赦ない飲食店への取り締まりは、翼の牙城であった俳句バー「砂の城」にも甚大な影響を及ぼし、冒頭の句の吐露となった。ちなみに2021年の年明けには、都知事の厳格な施策にも関わらず感染爆発が起こった。翼は句集を出す度に盛大な出版パーティを開催して仲間と歓びを分かち合ってきたが、『見えない傷』のパーティは自粛を余儀なくされ、相当に凹んでいたことを憶えている。

「浪人生マスクの紐が伸びてゐる」(季語:マスク 冬)
「刻み海苔どれも困つた眉に見ゆ」(季語:海苔 春)
「石鹸玉仕方ないので仕方ない」(季語:石鹸玉 しゃぼんだま 春)
 コロナ禍の受験に臨んでマスクの着脱を繰り返し、崩壊寸前にまで追い込まれた「浪人生」の心に翼は寄り添う。ざる蕎麦にぱらりと振られた刻み海苔に、社会の表情を見る。病気になりたい人なんていないのだから、感染してしまうのは仕方のないこと。しかしその感染者に対して、治療よりも他に感染させないことを最優先させた政府に翼は怒る。コロナ予防の手洗いの際の「石鹸玉」には、一体何が映っていたのだろうか。

「美しき不要不急の初夏の旅」(季語:初夏 夏) 
「コンビニですでに水着になつてゐる」(季語:水着 夏)
「波音が昼寝の端を濡らしをり」(季語:昼寝 夏)
 翼は、彼らしい反撃に出る。緊急事態宣言の間を縫っては伊豆方面に繰り出し、小さな旅を楽しんでいた。誰にとっての「不要不急」なのか。翼にとって旅は、必要不可欠のものだった。海を待ちきれない「コンビニ」での光景やロマンティックな「昼寝」には、翼の心の復活の予兆がある。

「花火大会集まつてから中止」(季語:花火 夏)
「閉鎖したはずの公園から花火」(季語:花火 夏)
「かき氷もつとガンガン攻めて来い」(季語:かき氷 夏)
「紫陽花の花期の長さや不在票」(季語:紫陽花 夏) 
 政府のコロナ対策には、本当に右往左往させられた。年中行事のほとんどが中止の憂き目にあう中、オリンピック・パラリンピックは開催という矛盾。最たるものは「集まつてから中止」という事態も多々あった。それでも収まらない気持ちがある。「閉鎖した」の句にあるささやかな抗議に、翼は共感する。「かき氷」はまさしく“翼節”だ。かき氷にザクリとスプーンを刺した瞬間の明るく不敵な笑い声が聞こえてくる。「紫陽花の」は、そんな2021年の夏の裏側を描く。クラスターが起こった家族だろうか。隔離された家の郵便受けには日々、不在票が溜まっていく。一読、紫陽花の花期の長さを詠んだ「紫陽花に秋冷いたる信濃かな 久女」の哀愁を思った。
 前述のように、この句集の成り立ちはかなり特殊だ。制作期間にはコロナに加えてオリパラの強行開催、ウクライナ侵攻と、次から次へと重大事が重なった。俳句界に限ってみても各結社の大会や吟行が制限され、寂しさや悔しさ、行き場のない怒りに駆られた俳人が多かったと思う。
「手摺に秋津みんなコロナの後遺症」(季語:秋津 とんぼ 秋)
 この句集で「コロナ」という言葉を翼が使ったのは、この一句のみ。おそらく彼が捨てた2020年の句にはたくさん使われていたと想像されるが、多捨の英断は翼が心底俳句を愛しているところから生まれていると思う。

「通販の鈴虫鳴きながら届く」(季語:鈴虫 秋)
「バーコード読み取りづらき八つ頭」(季語:八つ頭 秋) 
「蕨狩背に水筒のごりごりと」(季語:蕨 春)
 やがて翼は、本来の観察眼と表現を取り戻していく。コロナ禍でめっきり増えた宅配物に「鈴虫」とは! 大きく育ったでこぼこの「八つ頭」に貼られたバーコードには、熟練のレジ係も手を焼く。それでも秋の実りは嬉しいものだ。「蕨狩」で腰を屈めたとき、リュックの中の水筒が背中に当たる感触がリアルだ。 

「水洟のぴろんと昭和美しき」(季語:水洟 冬)
「義士祭私財をちよつと投げ打つて」(季語:義士祭 春)  
「立ち食ひのコート七味をかけまくる」(季語:コート 冬)  
これらの口語調俳句も勢いを増している。「水洟」「義士祭」「コート」などよく詠まれる季語を使って、独自の情緒を表わす。そこには荒んだ句を捨てて得た軽さと深みがある。俳句が文芸であるならば、大上段に構えて世界を詠む必要はない。俳句を通して世間を生きる翼の新境地を楽しみたい。俳人・翼は困難をすり抜けて健在だ。 
「でもそしてやはりとは言へ河豚が好き 翼」(季語:河豚 ふぐ 冬) 

             俳句結社誌『鴻』2023年6月号 
              連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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