HAIKU

2022.07.22
『モネの庭』 高知県安芸郡北川村 

『モネの庭』 高知県安芸郡北川村 
 縁あって先日、高知の小学校で俳句講座を行なった。テーマは『俳句は読むのも面白い』。俳句を詠む前に、まず俳句を読む面白さを知って欲しかったからだ。
北大路翼氏と二人で例句を挙げながら六年生にレクチャーしたのだが、講座の前は果たして生徒たちはちゃんと聞いてくれるだろうかと心配だった。だがそれは杞憂にすぎず、講座が始まると六〇人ほどの子供たちは目を輝かせて聞いてくれた。それどころか、思い思いに句の鑑賞を語ってくれたので、おおいに盛り上がったのだった。
「翅わつててんとう虫の飛びいづる 高野素十」(季語:てんとう虫 夏) 
「尺蠖に瀬戸大橋の桁はずれ 吉田汀史」(季語:尺蠖 夏) 
 講座のスタートは昆虫の俳句から。「てんとう虫」は、素十の写生眼の確かさで有名な句。飛ぶときはまず、身体を守る硬い翅を割り、収納されていた薄い羽を使って飛び立つ。「この俳句は何を言ってるのかわかる?」と聞くと、子供たちはてんとう虫のメカニズムを知っていて、ほぼ全員が「わかる~!」と大声で答えてくれた。こちらとしては少しは説明して「へー、そうだったんだ」と驚いて欲しかったのだが、いい意味で期待は裏切られた。それでもたった十七音で虫の生態が的確に表現されていることに、彼らは楽しさを感じているようだった。
 「尺蠖虫」もみんなが知っていた。しかも当然「瀬戸大橋」を知っているので、尺蠖が瀬戸大橋を渡っている姿を想像して、教室のあちこちからくすくす笑いが起こる。生徒に句の感想を聞くと、虫と橋の大きさの対比を面白がったり、虫の壮大な旅に感心したり、立派な鑑賞を披露してくれた。
とにかく彼らは虫や魚の名前をよく知っていて、ほとんど説明が要らない。そればかりか、釣りや虫遊びの経験が豊富なので、その姿や特徴も知っている。なので、それらが季語だということを教えるという、最初に考えていた内容から一段進んだ講座になっていった。
「こんにちは一年ぶりのせん風機 グラント花」(季語:扇風機 夏)
 グラント花さんはこの春、この小学校を卒業した女子で、先輩の句が紹介されたことで生徒たちの発言はさらに活発になる。「今年もまた涼しくしてねという気持ちが、『こんにちは』にこめられている」など、いよいよ「俳句を読む楽しさ」が生徒たちに伝わっていく。
「鮟鱇の骨まで凍ててぶち切らる 加藤楸邨」 (季語:鮟鱇 あんこう 冬)
「おばさんのような薔薇園につかれる こしのゆみこ」(季語:薔薇 ばら 夏)
 およそ小学生の講座で取り上げられることのない句にも、反応があった。かなりの数の生徒が「鮟鱇」を知っており、「吊るし切り」を知る人もいた。「ぶち切らる」という表現の強さについて語ると、うなずく生徒が多かった。また「薔薇園」の句には笑いが起こり、男子も女子も盛んに感想を述べ合っていた。予想を超えた手応えがあり、充実した講座となった。 
 帰京する日、講座の現地スタッフが『モネの庭』に連れていってくれた。高知市から土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に沿って南東に一時間半ほど車で走ると、『モネの庭』のある北川村に着く。北川村は三〇年ほど前、名産の柚子を使って村おこしを図るが頓挫。観光と文化の拠点となるフラワーガーデン作りに方針を転換した。その後、奇跡のような出会いの連続から、モネの愛した庭の再現に成功。二〇〇〇年にオープンし、クロード・モネ財団が世界で唯一公認する庭園となった。今では観光バスが寄る名所にもなっている。そうした経緯を知ってはいたが、観光地は自分の目で見ないとわからないのが世の常だ。早速、駐車場から庭園に踏み込んだ。
 大きな山の全体が敷地になっている。急な坂を登りきり、庭園に入った。その途端、息を呑んだ。目の前に細長い池が奥に向かって広がっている。好天に恵まれたせいもあって水は平らに凪ぎ、青空を映している。水面には白と赤の蓮の花が咲いている。あのモネの絵『睡蓮』にそっくりなのだ。そっくりというより、絵の中に自分が入ってしまったようだった。バーチャルの可能性ばかりが叫ばれる現代だが、リアルの凄さを改めて感じた。凄さというより、凄味といってもいい。
 歩を進めて池にかかる太鼓橋の真ん中から池の全景を眺めてみる。花菖蒲や百合など周囲の植物も見事に手入れされていて、二度目の息を呑んだ。特に惹かれたのは柳だった。水面に向かって枝垂れた柳は若葉をつけ、揺れる緑は例えようもなく美しかった。そのとき、「庭の要になっているのは、この柳だ」という天啓を突然得た。正確に言えば、他の季節は知らないが、この日の庭園の要はこの一本の柳だった。
 ちょうど園丁の方が橋の近くで働いていたので、お話を聞いた。「この庭の要は柳だと思う」と伝えると、その園丁さんは例の柳の担当で、大変喜んでくれた。「枝垂れた枝をもっと伸ばしたいのだが、無農薬で栽培しているので枝先に虫が付きやすく、難しい」と楽しそうに苦労を語ってくれた。
 帰り際、駐車場の端に古びた煉瓦(レンガ)を積んだ絵筆の洗い場を見つけた。先の小学生たちが、ここにお絵描き遠足に来ている幻を見たような気がした。そして近い将来、彼らの詠む俳句を、心から読んでみたいと思った。
「葉柳に舟おさへ乘る女達 阿部みどり女」(季語:葉柳 夏) 

俳句結社誌『鴻』2022年7月号 
連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『モネの庭』 高知県安芸郡北川村 

『モネの庭』 高知県安芸郡北川村 
 縁あって先日、高知の小学校で俳句講座を行なった。テーマは『俳句は読むのも面白い』。俳句を詠む前に、まず俳句を読む面白さを知って欲しかったからだ。
北大路翼氏と二人で例句を挙げながら六年生にレクチャーしたのだが、講座の前は果たして生徒たちはちゃんと聞いてくれるだろうかと心配だった。だがそれは杞憂にすぎず、講座が始まると六〇人ほどの子供たちは目を輝かせて聞いてくれた。それどころか、思い思いに句の鑑賞を語ってくれたので、おおいに盛り上がったのだった。
「翅わつててんとう虫の飛びいづる 高野素十」(季語:てんとう虫 夏) 
「尺蠖に瀬戸大橋の桁はずれ 吉田汀史」(季語:尺蠖 夏) 
 講座のスタートは昆虫の俳句から。「てんとう虫」は、素十の写生眼の確かさで有名な句。飛ぶときはまず、身体を守る硬い翅を割り、収納されていた薄い羽を使って飛び立つ。「この俳句は何を言ってるのかわかる?」と聞くと、子供たちはてんとう虫のメカニズムを知っていて、ほぼ全員が「わかる~!」と大声で答えてくれた。こちらとしては少しは説明して「へー、そうだったんだ」と驚いて欲しかったのだが、いい意味で期待は裏切られた。それでもたった十七音で虫の生態が的確に表現されていることに、彼らは楽しさを感じているようだった。
 「尺蠖虫」もみんなが知っていた。しかも当然「瀬戸大橋」を知っているので、尺蠖が瀬戸大橋を渡っている姿を想像して、教室のあちこちからくすくす笑いが起こる。生徒に句の感想を聞くと、虫と橋の大きさの対比を面白がったり、虫の壮大な旅に感心したり、立派な鑑賞を披露してくれた。
とにかく彼らは虫や魚の名前をよく知っていて、ほとんど説明が要らない。そればかりか、釣りや虫遊びの経験が豊富なので、その姿や特徴も知っている。なので、それらが季語だということを教えるという、最初に考えていた内容から一段進んだ講座になっていった。
「こんにちは一年ぶりのせん風機 グラント花」(季語:扇風機 夏)
 グラント花さんはこの春、この小学校を卒業した女子で、先輩の句が紹介されたことで生徒たちの発言はさらに活発になる。「今年もまた涼しくしてねという気持ちが、『こんにちは』にこめられている」など、いよいよ「俳句を読む楽しさ」が生徒たちに伝わっていく。
「鮟鱇の骨まで凍ててぶち切らる 加藤楸邨」 (季語:鮟鱇 あんこう 冬)
「おばさんのような薔薇園につかれる こしのゆみこ」(季語:薔薇 ばら 夏)
 およそ小学生の講座で取り上げられることのない句にも、反応があった。かなりの数の生徒が「鮟鱇」を知っており、「吊るし切り」を知る人もいた。「ぶち切らる」という表現の強さについて語ると、うなずく生徒が多かった。また「薔薇園」の句には笑いが起こり、男子も女子も盛んに感想を述べ合っていた。予想を超えた手応えがあり、充実した講座となった。 
 帰京する日、講座の現地スタッフが『モネの庭』に連れていってくれた。高知市から土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に沿って南東に一時間半ほど車で走ると、『モネの庭』のある北川村に着く。北川村は三〇年ほど前、名産の柚子を使って村おこしを図るが頓挫。観光と文化の拠点となるフラワーガーデン作りに方針を転換した。その後、奇跡のような出会いの連続から、モネの愛した庭の再現に成功。二〇〇〇年にオープンし、クロード・モネ財団が世界で唯一公認する庭園となった。今では観光バスが寄る名所にもなっている。そうした経緯を知ってはいたが、観光地は自分の目で見ないとわからないのが世の常だ。早速、駐車場から庭園に踏み込んだ。
 大きな山の全体が敷地になっている。急な坂を登りきり、庭園に入った。その途端、息を呑んだ。目の前に細長い池が奥に向かって広がっている。好天に恵まれたせいもあって水は平らに凪ぎ、青空を映している。水面には白と赤の蓮の花が咲いている。あのモネの絵『睡蓮』にそっくりなのだ。そっくりというより、絵の中に自分が入ってしまったようだった。バーチャルの可能性ばかりが叫ばれる現代だが、リアルの凄さを改めて感じた。凄さというより、凄味といってもいい。
 歩を進めて池にかかる太鼓橋の真ん中から池の全景を眺めてみる。花菖蒲や百合など周囲の植物も見事に手入れされていて、二度目の息を呑んだ。特に惹かれたのは柳だった。水面に向かって枝垂れた柳は若葉をつけ、揺れる緑は例えようもなく美しかった。そのとき、「庭の要になっているのは、この柳だ」という天啓を突然得た。正確に言えば、他の季節は知らないが、この日の庭園の要はこの一本の柳だった。
 ちょうど園丁の方が橋の近くで働いていたので、お話を聞いた。「この庭の要は柳だと思う」と伝えると、その園丁さんは例の柳の担当で、大変喜んでくれた。「枝垂れた枝をもっと伸ばしたいのだが、無農薬で栽培しているので枝先に虫が付きやすく、難しい」と楽しそうに苦労を語ってくれた。
 帰り際、駐車場の端に古びた煉瓦(レンガ)を積んだ絵筆の洗い場を見つけた。先の小学生たちが、ここにお絵描き遠足に来ている幻を見たような気がした。そして近い将来、彼らの詠む俳句を、心から読んでみたいと思った。
「葉柳に舟おさへ乘る女達 阿部みどり女」(季語:葉柳 夏) 

俳句結社誌『鴻』2022年7月号 
連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店