HAIKU

2020.02.29
『人知れず表現し続ける者たち』 放送・NHK Eテレ 

『人知れず表現し続ける者たち』 放送・NHK Eテレ 

 

NHKのEテレで2017年から始まった『人知れず表現し続ける者たち』シリーズの第3弾が今年2月1日にオンエアされた。シリーズの題材は“アール・ブリュット(生の芸術)”と呼ばれるジャンルの画家たち。彼らは正規の美術教育を受けていない。それだけにユニークな作風を持つアーティストが多いのだが、逆に言うと正規の展覧会に参加するチャンスが少なく、作品が広く知られることは滅多にない。またアール・ブリュット作家の大半が知的障害や精神障害を持っているので、コアな美術ファンといえども作品に触れる機会が少ないのが現状だ。

アール・ブリュットには想像を超えた美しさと迫力があり、近年、世界的にも注目が集まっている。シリーズ第1弾が大反響を呼んだことを受けて、第2弾は2017年にフランスのナント市で開かれたアール・ブリュット展覧会を取材。出展した日本の四十二人の作家は、国境や文化を越えて高い評価を受けた。

番組はそうした“見たこともないような絵画”を紹介するとともに、画家たちの人生も取材して作品の背景を探っていく。並行して彼らを支える人々の苦労と歓びにも触れる。今回の『人知れず表現し続ける者たち Ⅲ』は、再び日本各地のアール・ブリュット作家を訪ね歩き、彼らの人生について深く掘り下げていた。

 

番組は三重県松阪の障害者施設「希望の園」で詩人と呼ばれるDAISUKEMASK(ダイスケマスク)の朗読から始まる。

「時が来るまで地下に潜伏 時が満ちれば地上に溢れる 地下に溜まった魂の音楽 泉のように溢れ出る 解き放たれた表現者たち 自由に躍動 人々は命のレコードに針を落とす」。

3才で筋ジストロフィーと診断されたこの詩人は、仲間の絵に囲まれたベッドの上で朗々と自作を読み上げる。「これが今の自分にできること」と言うダイスケマスクもまた、言葉のアール・ブリュットだ。

「希望の園」の画伯と呼ばれる川上健次は脳性麻痺と診断された六十六才。ひたすら人間の顔を描くこの男が創作の際に聴いているのは、美樹克彦の『赤いヘルメット』という曲だ。♪赤い太陽 かわいたこころ 蒸発しちゃった 俺の心 すてにゆくんだ このかなしみを 風が裂けるぜ バババ バババ バババ バババ バー 花も小鳥も どいてなよ♪。強烈なロックのリズムに乗って歌われる花鳥風月が切ない。川上が描く人間の表情には、喜怒哀楽が複雑に入り混じり、見事な“見たこともないような絵画”になっている。

 

「木つつきの死ねとてたたく柱かな」(季語:きつつき 秋)と詠んだ一茶も、ある意味、アール・ブリュットの作家だろう。十五才で上京した一茶は正当な俳句教育を受けず、我流で宗匠となってギリギリの生活を送る。

「いざいなん江戸は涼みもむつかしき」(季語:涼み 夏)

一茶が江戸の暮しに見切りをつけて、故郷の柏原に帰る決心をした際の句。「むつかしき」を生活苦と取ることも可能だが、江戸俳壇の教条主義に愛想を尽かしたとも読める。実は帰郷した後、一茶の俳句は開花する。

「大根引大根で道を教へけり」(季語:大根 冬)

俳人が好む題材の「大根」に、独自の生活臭を加えている。江戸暮しで着いた気取りがどんどん削がれて、田舎人の性根が見えてくる。

「蟻の道雲の峰よりつづきけむ」(季語:雲の峰 夏)

「木つつき」の句のような奇想も多かった一茶だが、ついにはこうした伸び伸びした句風に行き着く。これしかないと思った時に、普遍は訪れるのかもしれない。

 

『人知れず表現し続ける者たち Ⅲ』には、僕の友人も登場する。双極性障害(躁鬱病)の“はくのがわ”は、ボールペン1本でひたすら自画像を描く。それは見たことのないような細密画で、絵の各所に様々な生き物が同居する。日本の土偶や中国古代の青銅器に通ずる一見グロテスクな自画像には、“どんなバケモノでも存在していい世界”に対する憧憬が込められている。「今までリストカットで生きてるかどうか確かめてたけど、絵を描いたらいいって気付いた」と彼女は語る。線を引きながら「気持ち悪い?」と絵に問いかけるその姿は、自分の中にある得体のしれない宇宙に対する祈りのように見えた。

何年か前、東京・中野で開かれたはくのがわの個展に行った。狭いレンタルスペースの壁一面に飾られた細密画に圧倒された。別に何の宣伝もしていないので、来訪者は彼女の友達ばかり。床には差し入れの焼酎のペットボトルが置かれ、みんな紙コップを手に車座になって感想を述べ合いながら呑んでいた。絵を前に自分の悩みやコンプレックスを口にしていた。そんな絵画展は初めてだったのだが、妙に納得した。まさに最果ての人間たちが集い、アートが驚くほど身近にあった。

 

今年7月から9月まで、東京藝術大学大学美術館で「あるがままのアート -人知れず表現し続ける者たち-」が開催される。曰く「東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催と同時期に、既存の美術や流行、教育などに左右されず、誰にも真似できない作品を創作し続けるアーティストたちの特別展を開催します」。番組との連動企画なので、番組を見逃した方は、ぜひ!

「この道しかない春の雪ふる 山頭火」(季語:春の雪 春)

 

俳句結社誌『鴻』2020年3月号

連載コラム【ON THE STREET】より加筆・転載

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BOOK by Yu-ichi HIRAYAMA

弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『人知れず表現し続ける者たち』 放送・NHK Eテレ 

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NHKのEテレで2017年から始まった『人知れず表現し続ける者たち』シリーズの第3弾が今年2月1日にオンエアされた。シリーズの題材は“アール・ブリュット(生の芸術)”と呼ばれるジャンルの画家たち。彼らは正規の美術教育を受けていない。それだけにユニークな作風を持つアーティストが多いのだが、逆に言うと正規の展覧会に参加するチャンスが少なく、作品が広く知られることは滅多にない。またアール・ブリュット作家の大半が知的障害や精神障害を持っているので、コアな美術ファンといえども作品に触れる機会が少ないのが現状だ。

アール・ブリュットには想像を超えた美しさと迫力があり、近年、世界的にも注目が集まっている。シリーズ第1弾が大反響を呼んだことを受けて、第2弾は2017年にフランスのナント市で開かれたアール・ブリュット展覧会を取材。出展した日本の四十二人の作家は、国境や文化を越えて高い評価を受けた。

番組はそうした“見たこともないような絵画”を紹介するとともに、画家たちの人生も取材して作品の背景を探っていく。並行して彼らを支える人々の苦労と歓びにも触れる。今回の『人知れず表現し続ける者たち Ⅲ』は、再び日本各地のアール・ブリュット作家を訪ね歩き、彼らの人生について深く掘り下げていた。

 

番組は三重県松阪の障害者施設「希望の園」で詩人と呼ばれるDAISUKEMASK(ダイスケマスク)の朗読から始まる。

「時が来るまで地下に潜伏 時が満ちれば地上に溢れる 地下に溜まった魂の音楽 泉のように溢れ出る 解き放たれた表現者たち 自由に躍動 人々は命のレコードに針を落とす」。

3才で筋ジストロフィーと診断されたこの詩人は、仲間の絵に囲まれたベッドの上で朗々と自作を読み上げる。「これが今の自分にできること」と言うダイスケマスクもまた、言葉のアール・ブリュットだ。

「希望の園」の画伯と呼ばれる川上健次は脳性麻痺と診断された六十六才。ひたすら人間の顔を描くこの男が創作の際に聴いているのは、美樹克彦の『赤いヘルメット』という曲だ。♪赤い太陽 かわいたこころ 蒸発しちゃった 俺の心 すてにゆくんだ このかなしみを 風が裂けるぜ バババ バババ バババ バババ バー 花も小鳥も どいてなよ♪。強烈なロックのリズムに乗って歌われる花鳥風月が切ない。川上が描く人間の表情には、喜怒哀楽が複雑に入り混じり、見事な“見たこともないような絵画”になっている。

 

「木つつきの死ねとてたたく柱かな」(季語:きつつき 秋)と詠んだ一茶も、ある意味、アール・ブリュットの作家だろう。十五才で上京した一茶は正当な俳句教育を受けず、我流で宗匠となってギリギリの生活を送る。

「いざいなん江戸は涼みもむつかしき」(季語:涼み 夏)

一茶が江戸の暮しに見切りをつけて、故郷の柏原に帰る決心をした際の句。「むつかしき」を生活苦と取ることも可能だが、江戸俳壇の教条主義に愛想を尽かしたとも読める。実は帰郷した後、一茶の俳句は開花する。

「大根引大根で道を教へけり」(季語:大根 冬)

俳人が好む題材の「大根」に、独自の生活臭を加えている。江戸暮しで着いた気取りがどんどん削がれて、田舎人の性根が見えてくる。

「蟻の道雲の峰よりつづきけむ」(季語:雲の峰 夏)

「木つつき」の句のような奇想も多かった一茶だが、ついにはこうした伸び伸びした句風に行き着く。これしかないと思った時に、普遍は訪れるのかもしれない。

 

『人知れず表現し続ける者たち Ⅲ』には、僕の友人も登場する。双極性障害(躁鬱病)の“はくのがわ”は、ボールペン1本でひたすら自画像を描く。それは見たことのないような細密画で、絵の各所に様々な生き物が同居する。日本の土偶や中国古代の青銅器に通ずる一見グロテスクな自画像には、“どんなバケモノでも存在していい世界”に対する憧憬が込められている。「今までリストカットで生きてるかどうか確かめてたけど、絵を描いたらいいって気付いた」と彼女は語る。線を引きながら「気持ち悪い?」と絵に問いかけるその姿は、自分の中にある得体のしれない宇宙に対する祈りのように見えた。

何年か前、東京・中野で開かれたはくのがわの個展に行った。狭いレンタルスペースの壁一面に飾られた細密画に圧倒された。別に何の宣伝もしていないので、来訪者は彼女の友達ばかり。床には差し入れの焼酎のペットボトルが置かれ、みんな紙コップを手に車座になって感想を述べ合いながら呑んでいた。絵を前に自分の悩みやコンプレックスを口にしていた。そんな絵画展は初めてだったのだが、妙に納得した。まさに最果ての人間たちが集い、アートが驚くほど身近にあった。

 

今年7月から9月まで、東京藝術大学大学美術館で「あるがままのアート -人知れず表現し続ける者たち-」が開催される。曰く「東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催と同時期に、既存の美術や流行、教育などに左右されず、誰にも真似できない作品を創作し続けるアーティストたちの特別展を開催します」。番組との連動企画なので、番組を見逃した方は、ぜひ!

「この道しかない春の雪ふる 山頭火」(季語:春の雪 春)

 

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著・平山 雄一
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