HAIKU

2020.02.24
テレビ番組『575でカガク!』ナビゲーター・夏井いつき NHK・Eテレ
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テレビ番組『575でカガク!』ナビゲーター・夏井いつき NHK・Eテレ

 何かと大活躍の夏井いつきだが、昨年の夏にも面白い俳句番組を見事に取り仕切っていた。

『575でカガク!』は最先端科学の現場に夏井さんが足を運んで、科学を詠んだ俳句をその分野の専門家と一緒に味わうというもの。科学と俳句は、一見、かけ離れているように思われるが、夏井曰く「俳句における『見る』という行為は、まさに科学における『観察』なのです」。確かに優れた写生句は、予断を排して観察するときに生れる。

「翅わつててんとう虫の飛びいづる 素十」(季語:てんとう虫 夏)が、まさにそれ。天道虫は赤くて硬い翅を割って引っ張り上げ、その下にある羽を使って飛び立っていく。そうした精妙な動きの描写がこの句の命なのだが、これはもう科学と言っていいほどの『見る』になっている。

 

実はこの『575でカガク!』は一昨年の夏、Eテレの科学番組『サイエンスZERO』の特別編としてオンエアされ、大好評(たぶん)だったため、今年も放送されることになった。一昨年のテーマは「ニュートリノ」と「チバニアン」で、昨年のテーマは「恐竜」と「はやぶさ2」だった。特に恐竜はわかりやすかったせいか、千句もの応募が集まったという。この回は国立科学博物館の恐竜研究の第一人者、真鍋真が科学側の解説者を務め、夏井と楽しい論争を繰り広げた。

 

「小鳥来てひろびろ恐竜の眉間  香野さとみZ」(季語:小鳥来る 秋)

番組での特選句。最新の研究では、恐竜が進化して鳥類になったことが分かっている。あの巨大な生き物が軽々と空を飛ぶ小鳥に進化するとは俄かに信じ難いものがあるが、これが科学というものだろう。

ただし科学の側からすれば、恐竜と小鳥は同時代にはいないから、この句を実際の景色と捉えるわけにはいかないと真鍋は言う。それでも真鍋は続ける。「始祖鳥が登場するのは白亜紀なので、小鳥とはいかないまでも、白亜紀限定ならこの句は実景として成り立つ可能性がある」。

進化の研究には柔軟な想像力が必要とされる。この句にあるイメージの飛躍は、科学者にとっては天の啓示のようなものだろう。恐ろしい恐竜の眉間に、美しい小鳥が飛んで来て留まるシーンは、想像するだに微笑ましい。この番組ならではの句の評価である。夏井と科学者は、句についてそれぞれの立場で真剣に検証を行なう。それがこの番組の第一の意義だ。

 

「恐竜は死んだ蛙は生き延びた 平本魚水」(季語:蛙 春)

大きな恐竜と小さな蛙の対比を思うと、とても素朴な感慨のある句だ。恐竜は大きな隕石が地球に衝突して絶滅したとされる。その後、大量の食糧を必要としない小さな蛙が爆発的に繁栄したという科学的事実を踏まえると、恐竜のいなくなった地球で勝ち誇ったようにケロケロ鳴く蛙に、にわかにリアリティが生まれてくるのが面白い。ただし、この句で蛙が季語としてしっかり働いているかには疑問が残る。

 

「遠花火今なお卵抱く化石  桑島幹」(季語:花火 夏)

化石が物語る科学的真実を、やや距離を置いたところから眺める視点が面白い。科学のもたらす成果と、作者の日常生活との隔たりが、身近な成功を生んでいる。卵を抱いたまま化石となった恐竜に、遠く思いを馳せる優しさは、いつか進化の謎を解く一助となるだろう。

 

科学の最先端と俳句の出会いは非常に刺激的なことではあるが、一方で危険も孕んでいる。生物学や植物学などの自然科学であれば季節は重要なテーマになり得るが、物理学や宇宙を相手にするとなると抽象的な句や観念句に陥り易くなる。夏井はその危険を承知で、この企画に挑んだ。もしかすると、こうした角度からの挑戦が、俳句の未知の可能性を拓くことになるかもしれないからだ。そのバイタリティには、本当に感心する。

 

「夏濤の記憶星にも子宮にも  青海也緒」(季語:夏濤 夏)

「はやぶさ2」の回の特選句。小惑星リュウグウで、水の存在を思わせる発見があるかもしれないとのニュースが流れた。広大な宇宙で生命体を探すとき、水の存在は欠かせない条件の一つになる。この句はそれを子宮の記憶と並べて詠んでいる。生命をキーワードに置くことで、「星」をリュウグウに限定しなくとも、この句は成り立っている。ぎりぎりで観念句とはならず、壮大な宇宙を一句に蔵することに成功している。

 

「冷奴星に触れても良い時代  北野きのこ」(季語:冷奴 夏)

小惑星に辿り着けるようになった時代の日常の点景。「星に触れても良い時代」というフレーズで、具体的な内容が読者にどこまで伝わるかは断言できないが、「冷奴」という大変わかり易い季語の働きで、作者の感慨の質は感じ取れると思う。もしこの句の主人公を科学者とすれば、より一層面白味が増すだろう。

 

今、科学の進歩は目覚ましく、我々の日常に知的な楽しみを与えてくれる。それを俳句を通して味わうのは、今までになかった詩情との出会いになるのかもしれない。また今年も、ぜひ『575でカカグ!』を見たいものだ。

「りゅうぐうに初めての客秋の風  あさふろ」(季語:秋の風 秋)

 

 

俳句結社誌『鴻』2019年10月号より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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テレビ番組『575でカガク!』ナビゲーター・夏井いつき NHK・Eテレ

 何かと大活躍の夏井いつきだが、昨年の夏にも面白い俳句番組を見事に取り仕切っていた。

『575でカガク!』は最先端科学の現場に夏井さんが足を運んで、科学を詠んだ俳句をその分野の専門家と一緒に味わうというもの。科学と俳句は、一見、かけ離れているように思われるが、夏井曰く「俳句における『見る』という行為は、まさに科学における『観察』なのです」。確かに優れた写生句は、予断を排して観察するときに生れる。

「翅わつててんとう虫の飛びいづる 素十」(季語:てんとう虫 夏)が、まさにそれ。天道虫は赤くて硬い翅を割って引っ張り上げ、その下にある羽を使って飛び立っていく。そうした精妙な動きの描写がこの句の命なのだが、これはもう科学と言っていいほどの『見る』になっている。

 

実はこの『575でカガク!』は一昨年の夏、Eテレの科学番組『サイエンスZERO』の特別編としてオンエアされ、大好評(たぶん)だったため、今年も放送されることになった。一昨年のテーマは「ニュートリノ」と「チバニアン」で、昨年のテーマは「恐竜」と「はやぶさ2」だった。特に恐竜はわかりやすかったせいか、千句もの応募が集まったという。この回は国立科学博物館の恐竜研究の第一人者、真鍋真が科学側の解説者を務め、夏井と楽しい論争を繰り広げた。

 

「小鳥来てひろびろ恐竜の眉間  香野さとみZ」(季語:小鳥来る 秋)

番組での特選句。最新の研究では、恐竜が進化して鳥類になったことが分かっている。あの巨大な生き物が軽々と空を飛ぶ小鳥に進化するとは俄かに信じ難いものがあるが、これが科学というものだろう。

ただし科学の側からすれば、恐竜と小鳥は同時代にはいないから、この句を実際の景色と捉えるわけにはいかないと真鍋は言う。それでも真鍋は続ける。「始祖鳥が登場するのは白亜紀なので、小鳥とはいかないまでも、白亜紀限定ならこの句は実景として成り立つ可能性がある」。

進化の研究には柔軟な想像力が必要とされる。この句にあるイメージの飛躍は、科学者にとっては天の啓示のようなものだろう。恐ろしい恐竜の眉間に、美しい小鳥が飛んで来て留まるシーンは、想像するだに微笑ましい。この番組ならではの句の評価である。夏井と科学者は、句についてそれぞれの立場で真剣に検証を行なう。それがこの番組の第一の意義だ。

 

「恐竜は死んだ蛙は生き延びた 平本魚水」(季語:蛙 春)

大きな恐竜と小さな蛙の対比を思うと、とても素朴な感慨のある句だ。恐竜は大きな隕石が地球に衝突して絶滅したとされる。その後、大量の食糧を必要としない小さな蛙が爆発的に繁栄したという科学的事実を踏まえると、恐竜のいなくなった地球で勝ち誇ったようにケロケロ鳴く蛙に、にわかにリアリティが生まれてくるのが面白い。ただし、この句で蛙が季語としてしっかり働いているかには疑問が残る。

 

「遠花火今なお卵抱く化石  桑島幹」(季語:花火 夏)

化石が物語る科学的真実を、やや距離を置いたところから眺める視点が面白い。科学のもたらす成果と、作者の日常生活との隔たりが、身近な成功を生んでいる。卵を抱いたまま化石となった恐竜に、遠く思いを馳せる優しさは、いつか進化の謎を解く一助となるだろう。

 

科学の最先端と俳句の出会いは非常に刺激的なことではあるが、一方で危険も孕んでいる。生物学や植物学などの自然科学であれば季節は重要なテーマになり得るが、物理学や宇宙を相手にするとなると抽象的な句や観念句に陥り易くなる。夏井はその危険を承知で、この企画に挑んだ。もしかすると、こうした角度からの挑戦が、俳句の未知の可能性を拓くことになるかもしれないからだ。そのバイタリティには、本当に感心する。

 

「夏濤の記憶星にも子宮にも  青海也緒」(季語:夏濤 夏)

「はやぶさ2」の回の特選句。小惑星リュウグウで、水の存在を思わせる発見があるかもしれないとのニュースが流れた。広大な宇宙で生命体を探すとき、水の存在は欠かせない条件の一つになる。この句はそれを子宮の記憶と並べて詠んでいる。生命をキーワードに置くことで、「星」をリュウグウに限定しなくとも、この句は成り立っている。ぎりぎりで観念句とはならず、壮大な宇宙を一句に蔵することに成功している。

 

「冷奴星に触れても良い時代  北野きのこ」(季語:冷奴 夏)

小惑星に辿り着けるようになった時代の日常の点景。「星に触れても良い時代」というフレーズで、具体的な内容が読者にどこまで伝わるかは断言できないが、「冷奴」という大変わかり易い季語の働きで、作者の感慨の質は感じ取れると思う。もしこの句の主人公を科学者とすれば、より一層面白味が増すだろう。

 

今、科学の進歩は目覚ましく、我々の日常に知的な楽しみを与えてくれる。それを俳句を通して味わうのは、今までになかった詩情との出会いになるのかもしれない。また今年も、ぜひ『575でカカグ!』を見たいものだ。

「りゅうぐうに初めての客秋の風  あさふろ」(季語:秋の風 秋)

 

 

俳句結社誌『鴻』2019年10月号より加筆・転載

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店