HAIKU

2020.02.14
『鬼弁』 TOSHI-LOW 著  ぴあ・刊

『鬼弁』の副題に、「強面パンクロッカーの弁当奮戦記」とある。この本の著者であるTOSHI-LOWは、BRAHMAN(ブラフマン)というパンクロックバンドのボーカリストで、非常に攻撃的な歌とステージングで仲間から“鬼”と呼ばれている。その鬼が、長男の小学校入学を機に弁当作りを始めた。彼の奥様は女優の“りょう”で、「共働きだからと、嫁と自分とで交互に作り出したのが、弁当作りを始めたきっかけだった」と前書きで語っている。本書には彼が小学校に通う長男のために作り続けた6年間の“鬼弁”が収録されている。折しも鬼やらい(節分)の季節なので、この本を取り上げた次第である。

 

弁当を作り始めのうちは、表に出す必要のない部分だと思い、プライベートのSNSのみで弁当の写真を公開していた。その後、心境の変化もあって昨年5月に一冊にまとめて上梓すると、大きな反響を呼んだ。大反響の理由は、強面バンドマンと弁当作りとのイメージのギャップもあった。しかしそれ以上に彼の作る弁当に深い愛情がこもっているのを誰しもが認めたからだった。いわゆるイクメンパパが作る弁当ではなく、パンクロッカーTOSHI-LOWの人生観や生活が反映された弁当は、親子の立派なコミュニケーション・ツールになっていたのである。

 

“鬼弁”は、かなり自由である。太い恵方巻が一本ドーンと入っているのもあれば、ホットドッグが丸ごとはみ出している場合もある。それでも最初の頃は、長男がまだ一年生なので手探りすることが多かった。「残すのを見れば好き嫌いが一目瞭然だからね。俺が好きなちくわをよく残していたのは残念だった。(中略)ちなみにちくわは俺の酒のつまみの残り」。

少しでもいろんな食品を食べて欲しいと願う一方で、バンドマンだけに夜、酒を呑む機会が多い。翌日が弁当当番の時は、帰りがけに呑み屋のマスターに弁当のおかずを譲ってもらうこともしばしばあった。そこでタコさんウィンナーやサラダをもらえれば、あと二品ほどあれば弁当は完成する。またバンドのツアー先でおかずになりそうな名産品をお土産に買って来ては、弁当に投入する。それを食べた息子と、おかずを手に入れた土地を日本地図で確認すると社会勉強にもなり、コミュニケーションが深まる。TOSHI-LOWは夜型になりがちな生活の中で、奮闘努力しながら弁当作りを続けて行くことになった。

 

鬼弁はTOSHI-LOWの生活の中から生み出され、息子にとって父の仕事と世の中を理解する一助になるのだった。しかしいくら頑張ってもおかずを残すので、二年生の時に弁当作りはスランプに陥る。だが、三年生になる頃にはそれも脱し、4年生になると楽しくなった。息子が大人同様の弁当を食べられるようになったからだった。それとシンクロするように、長男は次男の面倒も見るようになった。この健気な成長を、彼はしっかりと見守った。

 

鬼弁の中でも傑作が“ソーメン弁当”だ。一口大に盛り付けたソーメンとは別の器に、つけ汁を入れて凍らせ、学校に持たせる。汁が保冷剤になって、ちょうど溶け出す頃合にお昼が来るという訳だ。このユニークな発想に、“嫁のりょうさん”は感心することしきり。TOSHI-LOWは同じ発想で、皿うどん弁当を作る。もちろん餡は別盛りにして、食べる直前にパリパリの麺に掛けるのだ。ところが長男には脂っこ過ぎて、食べ切れなかった。画期的なアイデアではあったが、高学年で残したのはこの弁当だけだったという不評ぶりがまた面白い。

 

茨城県水戸市生まれのTOSHI-LOWは、東日本大震災で「自分でもわかるくらい、人間が変わった」という。故郷の近隣でボランティア活動をしていた際、被災して子供を亡くした方から「“おかえりなさい”って言えなかったことじゃない。“いってらっしゃい”って言わなかったことに後悔してる」と言われて衝撃を受ける。TOSHI-LOWはさまざまな人間と関わる中で、息子が必要としている間は、弁当を作りたいと思ったという。そうした気持ちと地続きに、彼は原発にはっきりとノーを突きつける立場を取っている。

 

TOSHI-LOWは、BRAHMANの他にOAUというバンドもやっていて、こちらではアコースティック・ギターやフィドル(バイオリン)を使ってアイルランドの民俗音楽調のサウンドを奏でている。昨年、話題になったテレビドラマ『きのう何食べた?』の主題歌「帰り道」をOAUが歌っていたので、TOSHI-LOWの優しい歌声をご存知の方がいるかもしれない。強面ほど豊かな情感を持っていたりする。その昔、西行法師もそうだった。

この本は「いってらっしゃい」という言葉で結ばれる。“鬼弁”に込められたメッセージは、ただこのひと言に尽きる。

 

「手を振れば手を振る人のゐて立春 佐怒賀直美」(季語:立春 春)

 

           俳句結社誌『鴻』2020年2月号 コラム「ON THE STREET」より加筆転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2020.02.14
『鬼弁』 TOSHI-LOW 著  ぴあ・刊

『鬼弁』の副題に、「強面パンクロッカーの弁当奮戦記」とある。この本の著者であるTOSHI-LOWは、BRAHMAN(ブラフマン)というパンクロックバンドのボーカリストで、非常に攻撃的な歌とステージングで仲間から“鬼”と呼ばれている。その鬼が、長男の小学校入学を機に弁当作りを始めた。彼の奥様は女優の“りょう”で、「共働きだからと、嫁と自分とで交互に作り出したのが、弁当作りを始めたきっかけだった」と前書きで語っている。本書には彼が小学校に通う長男のために作り続けた6年間の“鬼弁”が収録されている。折しも鬼やらい(節分)の季節なので、この本を取り上げた次第である。

 

弁当を作り始めのうちは、表に出す必要のない部分だと思い、プライベートのSNSのみで弁当の写真を公開していた。その後、心境の変化もあって昨年5月に一冊にまとめて上梓すると、大きな反響を呼んだ。大反響の理由は、強面バンドマンと弁当作りとのイメージのギャップもあった。しかしそれ以上に彼の作る弁当に深い愛情がこもっているのを誰しもが認めたからだった。いわゆるイクメンパパが作る弁当ではなく、パンクロッカーTOSHI-LOWの人生観や生活が反映された弁当は、親子の立派なコミュニケーション・ツールになっていたのである。

 

“鬼弁”は、かなり自由である。太い恵方巻が一本ドーンと入っているのもあれば、ホットドッグが丸ごとはみ出している場合もある。それでも最初の頃は、長男がまだ一年生なので手探りすることが多かった。「残すのを見れば好き嫌いが一目瞭然だからね。俺が好きなちくわをよく残していたのは残念だった。(中略)ちなみにちくわは俺の酒のつまみの残り」。

少しでもいろんな食品を食べて欲しいと願う一方で、バンドマンだけに夜、酒を呑む機会が多い。翌日が弁当当番の時は、帰りがけに呑み屋のマスターに弁当のおかずを譲ってもらうこともしばしばあった。そこでタコさんウィンナーやサラダをもらえれば、あと二品ほどあれば弁当は完成する。またバンドのツアー先でおかずになりそうな名産品をお土産に買って来ては、弁当に投入する。それを食べた息子と、おかずを手に入れた土地を日本地図で確認すると社会勉強にもなり、コミュニケーションが深まる。TOSHI-LOWは夜型になりがちな生活の中で、奮闘努力しながら弁当作りを続けて行くことになった。

 

鬼弁はTOSHI-LOWの生活の中から生み出され、息子にとって父の仕事と世の中を理解する一助になるのだった。しかしいくら頑張ってもおかずを残すので、二年生の時に弁当作りはスランプに陥る。だが、三年生になる頃にはそれも脱し、4年生になると楽しくなった。息子が大人同様の弁当を食べられるようになったからだった。それとシンクロするように、長男は次男の面倒も見るようになった。この健気な成長を、彼はしっかりと見守った。

 

鬼弁の中でも傑作が“ソーメン弁当”だ。一口大に盛り付けたソーメンとは別の器に、つけ汁を入れて凍らせ、学校に持たせる。汁が保冷剤になって、ちょうど溶け出す頃合にお昼が来るという訳だ。このユニークな発想に、“嫁のりょうさん”は感心することしきり。TOSHI-LOWは同じ発想で、皿うどん弁当を作る。もちろん餡は別盛りにして、食べる直前にパリパリの麺に掛けるのだ。ところが長男には脂っこ過ぎて、食べ切れなかった。画期的なアイデアではあったが、高学年で残したのはこの弁当だけだったという不評ぶりがまた面白い。

 

茨城県水戸市生まれのTOSHI-LOWは、東日本大震災で「自分でもわかるくらい、人間が変わった」という。故郷の近隣でボランティア活動をしていた際、被災して子供を亡くした方から「“おかえりなさい”って言えなかったことじゃない。“いってらっしゃい”って言わなかったことに後悔してる」と言われて衝撃を受ける。TOSHI-LOWはさまざまな人間と関わる中で、息子が必要としている間は、弁当を作りたいと思ったという。そうした気持ちと地続きに、彼は原発にはっきりとノーを突きつける立場を取っている。

 

TOSHI-LOWは、BRAHMANの他にOAUというバンドもやっていて、こちらではアコースティック・ギターやフィドル(バイオリン)を使ってアイルランドの民俗音楽調のサウンドを奏でている。昨年、話題になったテレビドラマ『きのう何食べた?』の主題歌「帰り道」をOAUが歌っていたので、TOSHI-LOWの優しい歌声をご存知の方がいるかもしれない。強面ほど豊かな情感を持っていたりする。その昔、西行法師もそうだった。

この本は「いってらっしゃい」という言葉で結ばれる。“鬼弁”に込められたメッセージは、ただこのひと言に尽きる。

 

「手を振れば手を振る人のゐて立春 佐怒賀直美」(季語:立春 春)

 

           俳句結社誌『鴻』2020年2月号 コラム「ON THE STREET」より加筆転載

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店