HAIKU

2018.02.09
『アウトロー俳句』
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『アウトロー俳句』 北大路翼・編  河出書房新社・刊

 

この連載で何度か紹介している北大路翼は、俳壇よりも俳壇以外でよく知られ、かつ活躍している俳人だ。彼の作品はいわゆる花鳥風月ではない。俳人から見捨てられた題材や人間模様を、独特の筆致で描く。好き嫌いはあるだろうが、まだ誰も詠んだことのないモノを俳句として提示するところに面白さがある。だから“俳壇以外”で注目されるのだろう。また俳壇以外の人にも分かる句を詠んでいることの証でもある。

 

今回、北大路が編んだ『アウトロー俳句~新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」』は、そんな彼の周辺にいる人々が詠んだ108句を収録している。彼らの棲息するのは主に新宿で、北大路の運営するアートサロン“砂の城”にたむろしている。偶然なのか、必然なのか、性癖や人格に変わったところのある者が多い。

ひょんなことから彼らは俳句を詠むようになり、恐ろしく簡便な句会の方法を発明し、夜ごとに作品を積もらせていった。翼はその中心人物として夥しい数の句を作り、結果、3年間で1万5千句を詠み、その中から2千句を抜粋して2015年に句集『天使の涎』を発表。2016年、田中裕明賞を受賞した。してみるとこの『アウトロー俳句』は、翼の出世作『天使の涎』誕生の背景のドキュメントと言うべき一冊だろう。同時に歌舞伎町でしか生きられない、世の中から見捨てられた人々が織りなした俳句アンソロジーと言うことができる。

 

「もぐらから雪のふる日を聞いてきた とうま」(季語:雪 冬)

「更新の度寒々とワンルーム   山中さゆり」(季語:寒し 冬)

「呼吸器と同じコンセントに聖樹  菊池洋勝」(季語:聖樹 クリスマス・ツリーのこのと 冬)

切ない句が並ぶ。「もぐらから」は民話のような語り口で、ヒリヒリするような寒さを伝える。「更新の」からは、社会の底冷えを感じる。「呼吸器と」は、クリスマスの浮かれた気分と、機械の助けを借りなければ呼吸すらままならない病者の孤独が鋭い対比を成す。

 

「大根を静かにさせて漬ける祖母   寅吉」(季語:大根 冬)

「湯たんぽの中に眠れぬ猫がゐる 地野獄美」(季語:湯たんぽ )

「駐車場雪に土下座の跡残る  咲良あぽろ」(季語:雪 冬)

「大根を」は、大樽に大根を一本一本納める祖母の食べ物に向ける感謝と、それを食べる家族への愛情が、極めてユニークな言葉遣いで表現されている。「湯たんぽの」は、メルヘンチックな発見が、句に広がりを与えている。よく読めば「大根の」の句には多動症が、「湯たんぽの」には不眠症が隠れていたりして、俳句の掘り起こす深層を鑑賞するのも一興だ。

これらの句は、ほとんど俳句を初めて作る人たちから生まれた。中でも「駐車場」は、マッサージ師のあぽろが生まれて初めて作った句だ。初めてでもこれほどセンスのある句が詠めることに翼は可能性を感じ、彼が家元を名乗る“屍派”を立ち上げるキッカケになったという。

 

「蚊柱にぶつかりあやまつてしまふ 五十嵐筝曲」(季語:蚊 夏)

「自転車のサドルを全て薔薇にせよ    照子」(季語:薔薇 夏)

「踏切の音になりたい夏休み      ふしぎ」(季語:夏休み 夏)

何かと過剰な人が多いのも、屍派の特徴である。「蚊柱に」の作者は人付き合いが苦手で、自信をなくし居場所を見失っていたとき、屍派に出会った。僕も彼とは何度も一緒に句会をしているが、俳句の場では優れたイジラレ役として周囲を笑顔にしている。翼が彼に付けた俳号の“筝曲”は、双極性障害(かつては躁うつ病と呼ばれていた)に由来している。翼が俳号を推奨するのは、別名を持つといつもの自分ではないキャラクターを演じやすくなるからだという。“翼”もまた、俳号である。

「自転車の」と「踏切の」には、自虐や加虐の匂いがする。それを句にすることで、救われる魂がある。照子はまた「柘榴から生まれる皮膚のない子供」(季語:柘榴=ざくろ 秋)とも詠んでいる。何かが他人と少し違うだけで苛められたりする世の中で、この句が優しく響く場面は少なくないだろう。

 

「屍派は人間再生工場」という翼ではあるが、『アウトロー俳句』には俳句そのものについても興味深い言及が多々ある。

「歌舞伎町に集まる人々が詠む句は、飾らない魅力で溢れていた。余計な知識がないぶん、表現がストレートで何でもありなのだ。(中略)季語を学び、俳句の知識が増えるほど、ありきたりの句を詠むようになりがちである」。

「ルールはあるが、時にそれを破ることも美学になる。いわば不良と同じなのだ。これが僕の俳句観であり、俳句に魅せられた理由のひとつである」。

これらは俳句にまつわる警句として、新しいものではない。が、『アウトロー俳句』を読むと、それを実践している俳人がほとんどいないことに気付かされる。その実践から生まれた純度の高い句も、この本に収められている。

「恐ろしや花火も母になる君も  西生ゆかり」(季語:)

「蓑虫の中にこつそり二人居る  西生ゆかり」(季語:)

 

本を編むにあたって集まった句は2千を越え、投句者は57人にのぼった。タイトルを“アウトロー”としたために、漏れてしまった佳句も多かったと翼は言う。しかし、そうした仲間がいたからこそ、翼自身も俳句を作り続けることができた。また己の俳句観が鍛えられたとも語っている。

通読して思うのは、『アウトロー俳句』は翼が連衆に捧げた感謝の本だということだ。この感謝は、俳句で言うところの“挨拶”に、見事に通じている。なお『天使の涎』は、この1月に再版された。

「太陽にぶん殴られてあつたけえ 翼」(季語:暖か 春)

 

 

俳句結社誌『鴻』コラム【ON THE STREET】2018年2月号より転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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『アウトロー俳句』
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『アウトロー俳句』 北大路翼・編  河出書房新社・刊

 

この連載で何度か紹介している北大路翼は、俳壇よりも俳壇以外でよく知られ、かつ活躍している俳人だ。彼の作品はいわゆる花鳥風月ではない。俳人から見捨てられた題材や人間模様を、独特の筆致で描く。好き嫌いはあるだろうが、まだ誰も詠んだことのないモノを俳句として提示するところに面白さがある。だから“俳壇以外”で注目されるのだろう。また俳壇以外の人にも分かる句を詠んでいることの証でもある。

 

今回、北大路が編んだ『アウトロー俳句~新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」』は、そんな彼の周辺にいる人々が詠んだ108句を収録している。彼らの棲息するのは主に新宿で、北大路の運営するアートサロン“砂の城”にたむろしている。偶然なのか、必然なのか、性癖や人格に変わったところのある者が多い。

ひょんなことから彼らは俳句を詠むようになり、恐ろしく簡便な句会の方法を発明し、夜ごとに作品を積もらせていった。翼はその中心人物として夥しい数の句を作り、結果、3年間で1万5千句を詠み、その中から2千句を抜粋して2015年に句集『天使の涎』を発表。2016年、田中裕明賞を受賞した。してみるとこの『アウトロー俳句』は、翼の出世作『天使の涎』誕生の背景のドキュメントと言うべき一冊だろう。同時に歌舞伎町でしか生きられない、世の中から見捨てられた人々が織りなした俳句アンソロジーと言うことができる。

 

「もぐらから雪のふる日を聞いてきた とうま」(季語:雪 冬)

「更新の度寒々とワンルーム   山中さゆり」(季語:寒し 冬)

「呼吸器と同じコンセントに聖樹  菊池洋勝」(季語:聖樹 クリスマス・ツリーのこのと 冬)

切ない句が並ぶ。「もぐらから」は民話のような語り口で、ヒリヒリするような寒さを伝える。「更新の」からは、社会の底冷えを感じる。「呼吸器と」は、クリスマスの浮かれた気分と、機械の助けを借りなければ呼吸すらままならない病者の孤独が鋭い対比を成す。

 

「大根を静かにさせて漬ける祖母   寅吉」(季語:大根 冬)

「湯たんぽの中に眠れぬ猫がゐる 地野獄美」(季語:湯たんぽ )

「駐車場雪に土下座の跡残る  咲良あぽろ」(季語:雪 冬)

「大根を」は、大樽に大根を一本一本納める祖母の食べ物に向ける感謝と、それを食べる家族への愛情が、極めてユニークな言葉遣いで表現されている。「湯たんぽの」は、メルヘンチックな発見が、句に広がりを与えている。よく読めば「大根の」の句には多動症が、「湯たんぽの」には不眠症が隠れていたりして、俳句の掘り起こす深層を鑑賞するのも一興だ。

これらの句は、ほとんど俳句を初めて作る人たちから生まれた。中でも「駐車場」は、マッサージ師のあぽろが生まれて初めて作った句だ。初めてでもこれほどセンスのある句が詠めることに翼は可能性を感じ、彼が家元を名乗る“屍派”を立ち上げるキッカケになったという。

 

「蚊柱にぶつかりあやまつてしまふ 五十嵐筝曲」(季語:蚊 夏)

「自転車のサドルを全て薔薇にせよ    照子」(季語:薔薇 夏)

「踏切の音になりたい夏休み      ふしぎ」(季語:夏休み 夏)

何かと過剰な人が多いのも、屍派の特徴である。「蚊柱に」の作者は人付き合いが苦手で、自信をなくし居場所を見失っていたとき、屍派に出会った。僕も彼とは何度も一緒に句会をしているが、俳句の場では優れたイジラレ役として周囲を笑顔にしている。翼が彼に付けた俳号の“筝曲”は、双極性障害(かつては躁うつ病と呼ばれていた)に由来している。翼が俳号を推奨するのは、別名を持つといつもの自分ではないキャラクターを演じやすくなるからだという。“翼”もまた、俳号である。

「自転車の」と「踏切の」には、自虐や加虐の匂いがする。それを句にすることで、救われる魂がある。照子はまた「柘榴から生まれる皮膚のない子供」(季語:柘榴=ざくろ 秋)とも詠んでいる。何かが他人と少し違うだけで苛められたりする世の中で、この句が優しく響く場面は少なくないだろう。

 

「屍派は人間再生工場」という翼ではあるが、『アウトロー俳句』には俳句そのものについても興味深い言及が多々ある。

「歌舞伎町に集まる人々が詠む句は、飾らない魅力で溢れていた。余計な知識がないぶん、表現がストレートで何でもありなのだ。(中略)季語を学び、俳句の知識が増えるほど、ありきたりの句を詠むようになりがちである」。

「ルールはあるが、時にそれを破ることも美学になる。いわば不良と同じなのだ。これが僕の俳句観であり、俳句に魅せられた理由のひとつである」。

これらは俳句にまつわる警句として、新しいものではない。が、『アウトロー俳句』を読むと、それを実践している俳人がほとんどいないことに気付かされる。その実践から生まれた純度の高い句も、この本に収められている。

「恐ろしや花火も母になる君も  西生ゆかり」(季語:)

「蓑虫の中にこつそり二人居る  西生ゆかり」(季語:)

 

本を編むにあたって集まった句は2千を越え、投句者は57人にのぼった。タイトルを“アウトロー”としたために、漏れてしまった佳句も多かったと翼は言う。しかし、そうした仲間がいたからこそ、翼自身も俳句を作り続けることができた。また己の俳句観が鍛えられたとも語っている。

通読して思うのは、『アウトロー俳句』は翼が連衆に捧げた感謝の本だということだ。この感謝は、俳句で言うところの“挨拶”に、見事に通じている。なお『天使の涎』は、この1月に再版された。

「太陽にぶん殴られてあつたけえ 翼」(季語:暖か 春)

 

 

俳句結社誌『鴻』コラム【ON THE STREET】2018年2月号より転載

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店