HAIKU

2017.06.06
翼の新句集『時の瘡蓋』はビンビンに張りつめている
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句集『時の瘡蓋(かさぶた)』 北大路翼・著 ふらんす堂・刊

 

昨年(2016年)の「田中裕明賞」受賞者・北大路翼の第2句集『時の瘡蓋(かさぶた)』が、早くも上梓された。新宿をモチーフにした受賞作『天使の涎』を出した後、2015年と2016年に作った句で構成されている。『天使の涎』には2000句が収録されて話題になったが、『時の瘡蓋』には1500句が収められている。そして今回も単なる多作を越えた“翼ワールド”が展開され、表現衝動の切実さと独特の現実把握に磨きがかかっている。

僕は翼とほぼ毎月、句会で顔を合わせているので、逆に句の変化に気付きにくかった。だが、『時の瘡蓋』を読んでみると、彼のオリジナリティに変化が起こっていることが感じられた。さすがに句数が多いので、熟読できたかといえば、まだではある。しかし僕の第一印象を書くとしたら、“ON THE STREET”しかないと思い、読んですぐに筆を執ることにした。ひたすら翼の最新句に、当たってみることにする。

「湯に浸かる猿のニュースや雑煮吹く」

「初雪は即身仏の重さかな」

「新宿をからつぽにしてお正月」

まず、日常を詠んだ3句。とても落ち着きがある。この“好もしい感じ”は、『天使の涎』にはほとんどなかった。騒がしく新宿の日々を描いた前作には、「四トン車全部がおせち料理かな」や「トンカツの重みに疲れ春キャベツ」など、パワフルな描写があちこちに見受けられた。“四トン車全部”が“からっぽ”になり、“トンカツの重さ”が“即身仏の重さ”になっている。僕はここに、翼が新宿の特殊性と少し距離を置き始めているように感じた。

その間合いは、自然詠にも表われている。

「岩ごとに鳥乗せてゐる夏怒濤」

「梱包の風鈴の音も親しかり」

「ネクターの重さの夏の曇空」

「夏怒濤」はもちろん新宿の句ではない。多忙になった翼は、各地を旅するようになった。その中で、旅先の友から贈られた風鈴に友情を聴く。そして夏の曇空の質感を、“ネクター”と捉えた。果実をすりつぶした濃厚な飲み物に託すのは、真に曇空だけで、以前であればなんらかの皮肉や自虐が混じっていたはずだ。

“好もしい”と書いたのは、翼が世間一般の言う好青年になったという意味ではない。また皮肉や厭世は翼に今もつきまとっている。が、それだけではない句が、『時の瘡蓋』に顕われ始めている。

「薄給を謝るときの息白し」(『時の瘡蓋』)

「話してゐる八割が嘘アロハシャツ」(『天使の涎』)

どちらも新宿で繰り広げられている仕事の風景だ。アロハシャツが街に巣食う怪しげな輩の言だとすれば、「薄給」の句は誠実に働く新宿人の景で、ここにも皮肉や自虐は含まれていない。それよりも「薄給」の句は、冒頭の「湯に浸かる猿」の句と同じ線上にあるように思う。

新宿で大いに呑み、食べ、遊ぶ翼の句はどうだろう。

「春の雲は全部餃子だ焼いてくれ」

「太陽にぶん殴られてあつたけえ」(以上『天使の涎』)

「春昼のデカくてまづいハンバーグ」

「餅でとれ餅でつけたる差し歯かな」

「一匹でゐるのは酔うてゐる蛍」

「湯豆腐も湯豆腐好きもよかりけり」(以上『時の瘡蓋』)

相変わらずの生活を謳歌しているようだ。

そして今回、僕が注目したのは、翼が句に託したメッセージだった。『天使の涎』で翼は、原発や震災への無責任な対応に、ストレートな怒りをぶつけていた。『時の瘡蓋』でも、翼の怒りは持続している。しかも怒りを発する視座について、大いなる深化を遂げている。

「属国日本の流し素麺てふ技術」

「被災者をからかつて抱くぎゆつと抱く」

「滝壺を持たない滝や自爆テロ」

「流し素麺」は痛烈だ。たとえば憲法改正論議に含まれる欺瞞から、翼は目を逸らさない。前作にあった「戦死者と傘の忘れものの数」の句を、僕は思い出した。

「被災者」の句に関しては、様々な解釈が成り立つだろう。被災の現実に怖れおののきながら新宿を訪れた者に対して、「からかう」ことで自分と来訪者の間にある障壁を取り除いてから、来訪者の求める“全力の抱擁”で翼は応えている。この安堵こそ、『時の瘡蓋』で初めて姿を現わした翼のメッセージである。

一方で、「滝壺」の句は、本句集の白眉の一つだろう。行くあてのない憎しみの発露として自爆テロがあるなら、一体それはどんな光景なのか。南米ギアナ高地にある滝は、979メートルという世界一の落差を持つ。その落差ゆえ、滝壺は存在しない。水は落下の途中で風に流され、消えてしまう。周囲から隔絶された高地から落ちる虚無の滝の名前は、エンジェルフォール。新宿から世界を見つめる翼の目の力は、確実に強くなっている。その出発点は、『天使の涎』と同じく、弱者の側にある。その詳細は、これから読み込んでみようと思う。

画家・柏原晋平氏が描き下ろした装画も美しく、緊張感のある1500句を見事に飾っている。

「郷愁の果ての鮃の寄り目かな  翼」

 

俳句結社誌『鴻』2017年6月号 コラム「ON THE STREET」より

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BOOK by Yu-ichi HIRAYAMA

弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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翼の新句集『時の瘡蓋』はビンビンに張りつめている
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句集『時の瘡蓋(かさぶた)』 北大路翼・著 ふらんす堂・刊

 

昨年(2016年)の「田中裕明賞」受賞者・北大路翼の第2句集『時の瘡蓋(かさぶた)』が、早くも上梓された。新宿をモチーフにした受賞作『天使の涎』を出した後、2015年と2016年に作った句で構成されている。『天使の涎』には2000句が収録されて話題になったが、『時の瘡蓋』には1500句が収められている。そして今回も単なる多作を越えた“翼ワールド”が展開され、表現衝動の切実さと独特の現実把握に磨きがかかっている。

僕は翼とほぼ毎月、句会で顔を合わせているので、逆に句の変化に気付きにくかった。だが、『時の瘡蓋』を読んでみると、彼のオリジナリティに変化が起こっていることが感じられた。さすがに句数が多いので、熟読できたかといえば、まだではある。しかし僕の第一印象を書くとしたら、“ON THE STREET”しかないと思い、読んですぐに筆を執ることにした。ひたすら翼の最新句に、当たってみることにする。

「湯に浸かる猿のニュースや雑煮吹く」

「初雪は即身仏の重さかな」

「新宿をからつぽにしてお正月」

まず、日常を詠んだ3句。とても落ち着きがある。この“好もしい感じ”は、『天使の涎』にはほとんどなかった。騒がしく新宿の日々を描いた前作には、「四トン車全部がおせち料理かな」や「トンカツの重みに疲れ春キャベツ」など、パワフルな描写があちこちに見受けられた。“四トン車全部”が“からっぽ”になり、“トンカツの重さ”が“即身仏の重さ”になっている。僕はここに、翼が新宿の特殊性と少し距離を置き始めているように感じた。

その間合いは、自然詠にも表われている。

「岩ごとに鳥乗せてゐる夏怒濤」

「梱包の風鈴の音も親しかり」

「ネクターの重さの夏の曇空」

「夏怒濤」はもちろん新宿の句ではない。多忙になった翼は、各地を旅するようになった。その中で、旅先の友から贈られた風鈴に友情を聴く。そして夏の曇空の質感を、“ネクター”と捉えた。果実をすりつぶした濃厚な飲み物に託すのは、真に曇空だけで、以前であればなんらかの皮肉や自虐が混じっていたはずだ。

“好もしい”と書いたのは、翼が世間一般の言う好青年になったという意味ではない。また皮肉や厭世は翼に今もつきまとっている。が、それだけではない句が、『時の瘡蓋』に顕われ始めている。

「薄給を謝るときの息白し」(『時の瘡蓋』)

「話してゐる八割が嘘アロハシャツ」(『天使の涎』)

どちらも新宿で繰り広げられている仕事の風景だ。アロハシャツが街に巣食う怪しげな輩の言だとすれば、「薄給」の句は誠実に働く新宿人の景で、ここにも皮肉や自虐は含まれていない。それよりも「薄給」の句は、冒頭の「湯に浸かる猿」の句と同じ線上にあるように思う。

新宿で大いに呑み、食べ、遊ぶ翼の句はどうだろう。

「春の雲は全部餃子だ焼いてくれ」

「太陽にぶん殴られてあつたけえ」(以上『天使の涎』)

「春昼のデカくてまづいハンバーグ」

「餅でとれ餅でつけたる差し歯かな」

「一匹でゐるのは酔うてゐる蛍」

「湯豆腐も湯豆腐好きもよかりけり」(以上『時の瘡蓋』)

相変わらずの生活を謳歌しているようだ。

そして今回、僕が注目したのは、翼が句に託したメッセージだった。『天使の涎』で翼は、原発や震災への無責任な対応に、ストレートな怒りをぶつけていた。『時の瘡蓋』でも、翼の怒りは持続している。しかも怒りを発する視座について、大いなる深化を遂げている。

「属国日本の流し素麺てふ技術」

「被災者をからかつて抱くぎゆつと抱く」

「滝壺を持たない滝や自爆テロ」

「流し素麺」は痛烈だ。たとえば憲法改正論議に含まれる欺瞞から、翼は目を逸らさない。前作にあった「戦死者と傘の忘れものの数」の句を、僕は思い出した。

「被災者」の句に関しては、様々な解釈が成り立つだろう。被災の現実に怖れおののきながら新宿を訪れた者に対して、「からかう」ことで自分と来訪者の間にある障壁を取り除いてから、来訪者の求める“全力の抱擁”で翼は応えている。この安堵こそ、『時の瘡蓋』で初めて姿を現わした翼のメッセージである。

一方で、「滝壺」の句は、本句集の白眉の一つだろう。行くあてのない憎しみの発露として自爆テロがあるなら、一体それはどんな光景なのか。南米ギアナ高地にある滝は、979メートルという世界一の落差を持つ。その落差ゆえ、滝壺は存在しない。水は落下の途中で風に流され、消えてしまう。周囲から隔絶された高地から落ちる虚無の滝の名前は、エンジェルフォール。新宿から世界を見つめる翼の目の力は、確実に強くなっている。その出発点は、『天使の涎』と同じく、弱者の側にある。その詳細は、これから読み込んでみようと思う。

画家・柏原晋平氏が描き下ろした装画も美しく、緊張感のある1500句を見事に飾っている。

「郷愁の果ての鮃の寄り目かな  翼」

 

俳句結社誌『鴻』2017年6月号 コラム「ON THE STREET」より

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店