HAIKU

2016.07.20
「パンクな俳句集『天使の涎』(2015年 邑書林・刊)」
86417356

 『天使の涎』は、今、僕の最も注目する若手俳人・北大路翼の第1句集である。2016年に、若手俳人が対象の最高の賞の一つ“田中裕明賞”を受賞した。
この句集には発刊前から期待していたが、出来上がってみると想像を遥かに超えていた。収録句数は二千。それも、ここ三年間で書かれた一万五千句余りからの抜粋である。
収録句のほとんどは、翼の本拠地である俳句バー“砂の城”のある新宿・歌舞伎町からツイートされたもので、それを受け取った編集者がまとめるのを手伝ったという“最新式句集”だ。それにしても翼の創作欲と集中力は尋常ではない。破格といっていい句集だ。ついでに言えば、二千句で千五百円という値段は、破格というより、価格破壊と言った方がいいかもしれない。

「トンカツの重みに疲れ春キャベツ」   
「夏の夜のトンボ眼鏡にある昭和」    
「ワカサギの世界を抜ける穴一つ」     

 てらいのない句群である。とりわけ新宿を意識しなくても、三十代後半の作者のフラットな視線が見て取れる。その上で、トンカツ屋の多い新宿の街で供される一皿の上のキャベツが疲れていたり、時代錯誤のトンボ眼鏡をかけて闊歩(かっぽ)する人物がいたりするところに、歌舞伎町を感じる。その狭い繁華街から、世界を向こうに回そうという気迫を、小さなワカサギに託しているのが面白い。
 短期間に膨大な数の句を翼に詠ませたのは、新宿という街の持つ猥雑なエネルギーだ。

「春の路地ひとのかたちの白い線」  
「スリットは燕が通り過ぎたあと」 
「ノーブラの外国人といふ暑さ」   
「話してゐる八割が嘘アロハシャツ」   
「占ひ師ビール飲みつつ闇に待つ」  
「四トン車全部がおせち料理かな」   
「ハロウィンの斧持ちて佇つ交差点」   

 「春の路地」の句は、交通事故の現場検証か。もしかしたら殺人事件かもと、ドキリとさせられる。「春」がわずかな救いではあるが、その季語が「白い線」と呼応しているのが怖ろしい。「スリット」の句は、キャバクラ嬢が路上を歩く姿だろう。ドレスのシャープな切れ込みに、燕を連想する眼差しが粋だ。そんな猥雑な街に、能天気な外人が混入する「ノーブラ」の句。界隈にたむろする「アロハシャツ」は、怪しげな業者のユニフォームだ。また辻々に構える「占い師」たちは、暑さをビールで凌ぐ。
 昔ながらの商店がコンビニに取って替わられた街の年用意(正月の用意)は、「四トン車」の配送によって行なわれる。「全部」としたところに目出度さが漂い、新宿という特殊な場所ならではの情緒の在処をすくい取っている。新宿の日常茶飯の景をざくりと切り取る手腕は見事だ。
白眉は「ハロウィン」の句。死刑執行人の仮装をして雑踏に立つ男。それは単なるコスプレか、それとも本物の無差別殺人者か。娯楽と狂気が判然としないのが新宿だ。翼がこの男だとすれば、彼は何を断罪するために交差点に立ち尽くすのか。この句の背後にあるものが、この句集の重要な主題の一つなのかもしれない。

 ところで“砂の城”は、元々、新宿をさすらう若くて貧乏な芸術家たちの拠り所だった。店の壁になにがしかの絵や詩を書けば、安い料金で酒が飲め、終電を逃せば雑魚寝できるスペースがあった。それを翼が引き継いで“俳句バー”としたのだが、今もカメラマンやダンサー、デザイナー、漫画家などが集まってくる。ある漫画家の紹介で、翼はクリープハイプ尾崎世界観とも面識があるというから、この“城”の求心力は計り知れない。
翼が、そうしたジャンルを超えたアーティストたちを主導して、しばしば句会が開かれる。僕も“砂の城”に寄ると、この異ジャンル句会に参加する。外国人アーティストも混じったりするのに、五七五の定型を誰もが何とかこなすのには驚かされる。それ以上に意外な発想や視点の句が多く、毎回大きな刺激を受けている。

「人生の大半を酔ひまた祭」 
「倒れても首振つてゐる扇風機」   
「玄関の明りを消さず雪の夜」     
「通勤に怯え(おびえ)マフラーかたく巻く」 

 「人生の」は、毎晩が祭の“砂の城”そのものだ。「扇風機」は、“砂の城”に集まる人々の反骨の心。翼はそうした仲間に対して「雪の夜」も扉を開けて待っている。中には登社拒否の若者もいて、その心情を「マフラー」に見て取る。ここは現代社会の、アートの、そして俳句の緊急避難所でもあるのだ。翼自身の反骨は、たとえば以下の句に顕われる。

「一人の時も咳の仕方が大袈裟だ」  
「鯊(はぜ)日和オリンピックは他所でやれ」  
「銃乱射男に夏休みをやれよ」
  
 「一人」の句にあるパロディ精神は痛烈だ。「一人」の句の元ネタは、もちろん「咳をしても一人 尾崎放哉」。ナルシスティックな作者の姿勢を皮肉っている。
オリンピックに伴う陰気な新宿浄化作戦に対して、呑気な「鯊日和」で対抗する諧謔(かいぎゃく)、「銃乱射」の狂気に対しては「夏休み」をあてがう。

 その他、この句集にはエロス、ギャンブルなど盛り場と翼に付き物のファクターがぎっしりと詰め込まれている。伝統派俳人が眉をしかめるような句も多い一方で、この作者でなければ見い出し得ない詩情が確かに在る。二千句のエネルギーのせいだろうか、この句集は不健康を通り越して健康にすら感じられるのが不思議だ。徒労は、新しい世界を拓くには必須のこと。それをいとわない作者に敬意を表したい。
「電柱に嘔吐三寒四温かな 翼」
86417356

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BOOK by Yu-ichi HIRAYAMA

弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2016.07.20
「パンクな俳句集『天使の涎』(2015年 邑書林・刊)」
86417356

 『天使の涎』は、今、僕の最も注目する若手俳人・北大路翼の第1句集である。2016年に、若手俳人が対象の最高の賞の一つ“田中裕明賞”を受賞した。
この句集には発刊前から期待していたが、出来上がってみると想像を遥かに超えていた。収録句数は二千。それも、ここ三年間で書かれた一万五千句余りからの抜粋である。
収録句のほとんどは、翼の本拠地である俳句バー“砂の城”のある新宿・歌舞伎町からツイートされたもので、それを受け取った編集者がまとめるのを手伝ったという“最新式句集”だ。それにしても翼の創作欲と集中力は尋常ではない。破格といっていい句集だ。ついでに言えば、二千句で千五百円という値段は、破格というより、価格破壊と言った方がいいかもしれない。

「トンカツの重みに疲れ春キャベツ」   
「夏の夜のトンボ眼鏡にある昭和」    
「ワカサギの世界を抜ける穴一つ」     

 てらいのない句群である。とりわけ新宿を意識しなくても、三十代後半の作者のフラットな視線が見て取れる。その上で、トンカツ屋の多い新宿の街で供される一皿の上のキャベツが疲れていたり、時代錯誤のトンボ眼鏡をかけて闊歩(かっぽ)する人物がいたりするところに、歌舞伎町を感じる。その狭い繁華街から、世界を向こうに回そうという気迫を、小さなワカサギに託しているのが面白い。
 短期間に膨大な数の句を翼に詠ませたのは、新宿という街の持つ猥雑なエネルギーだ。

「春の路地ひとのかたちの白い線」  
「スリットは燕が通り過ぎたあと」 
「ノーブラの外国人といふ暑さ」   
「話してゐる八割が嘘アロハシャツ」   
「占ひ師ビール飲みつつ闇に待つ」  
「四トン車全部がおせち料理かな」   
「ハロウィンの斧持ちて佇つ交差点」   

 「春の路地」の句は、交通事故の現場検証か。もしかしたら殺人事件かもと、ドキリとさせられる。「春」がわずかな救いではあるが、その季語が「白い線」と呼応しているのが怖ろしい。「スリット」の句は、キャバクラ嬢が路上を歩く姿だろう。ドレスのシャープな切れ込みに、燕を連想する眼差しが粋だ。そんな猥雑な街に、能天気な外人が混入する「ノーブラ」の句。界隈にたむろする「アロハシャツ」は、怪しげな業者のユニフォームだ。また辻々に構える「占い師」たちは、暑さをビールで凌ぐ。
 昔ながらの商店がコンビニに取って替わられた街の年用意(正月の用意)は、「四トン車」の配送によって行なわれる。「全部」としたところに目出度さが漂い、新宿という特殊な場所ならではの情緒の在処をすくい取っている。新宿の日常茶飯の景をざくりと切り取る手腕は見事だ。
白眉は「ハロウィン」の句。死刑執行人の仮装をして雑踏に立つ男。それは単なるコスプレか、それとも本物の無差別殺人者か。娯楽と狂気が判然としないのが新宿だ。翼がこの男だとすれば、彼は何を断罪するために交差点に立ち尽くすのか。この句の背後にあるものが、この句集の重要な主題の一つなのかもしれない。

 ところで“砂の城”は、元々、新宿をさすらう若くて貧乏な芸術家たちの拠り所だった。店の壁になにがしかの絵や詩を書けば、安い料金で酒が飲め、終電を逃せば雑魚寝できるスペースがあった。それを翼が引き継いで“俳句バー”としたのだが、今もカメラマンやダンサー、デザイナー、漫画家などが集まってくる。ある漫画家の紹介で、翼はクリープハイプ尾崎世界観とも面識があるというから、この“城”の求心力は計り知れない。
翼が、そうしたジャンルを超えたアーティストたちを主導して、しばしば句会が開かれる。僕も“砂の城”に寄ると、この異ジャンル句会に参加する。外国人アーティストも混じったりするのに、五七五の定型を誰もが何とかこなすのには驚かされる。それ以上に意外な発想や視点の句が多く、毎回大きな刺激を受けている。

「人生の大半を酔ひまた祭」 
「倒れても首振つてゐる扇風機」   
「玄関の明りを消さず雪の夜」     
「通勤に怯え(おびえ)マフラーかたく巻く」 

 「人生の」は、毎晩が祭の“砂の城”そのものだ。「扇風機」は、“砂の城”に集まる人々の反骨の心。翼はそうした仲間に対して「雪の夜」も扉を開けて待っている。中には登社拒否の若者もいて、その心情を「マフラー」に見て取る。ここは現代社会の、アートの、そして俳句の緊急避難所でもあるのだ。翼自身の反骨は、たとえば以下の句に顕われる。

「一人の時も咳の仕方が大袈裟だ」  
「鯊(はぜ)日和オリンピックは他所でやれ」  
「銃乱射男に夏休みをやれよ」
  
 「一人」の句にあるパロディ精神は痛烈だ。「一人」の句の元ネタは、もちろん「咳をしても一人 尾崎放哉」。ナルシスティックな作者の姿勢を皮肉っている。
オリンピックに伴う陰気な新宿浄化作戦に対して、呑気な「鯊日和」で対抗する諧謔(かいぎゃく)、「銃乱射」の狂気に対しては「夏休み」をあてがう。

 その他、この句集にはエロス、ギャンブルなど盛り場と翼に付き物のファクターがぎっしりと詰め込まれている。伝統派俳人が眉をしかめるような句も多い一方で、この作者でなければ見い出し得ない詩情が確かに在る。二千句のエネルギーのせいだろうか、この句集は不健康を通り越して健康にすら感じられるのが不思議だ。徒労は、新しい世界を拓くには必須のこと。それをいとわない作者に敬意を表したい。
「電柱に嘔吐三寒四温かな 翼」
86417356

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店