HAIKU

2016.07.19
プレバトの俳句コーナー・ファンにおススメのコミックス

『あかぼし俳句帖』 原作・有間しのぶ 作画・奥山直 小学館・刊

 人気バラエティ番組『使える芸能人は誰だ!?プレッシャーバトル!!』(略称・プレバト)の俳句コーナーや、Eテレで月一放送の『NHK俳句さく咲く』など、旧来とは違う切り口で俳句の裾野を広げてくれる動きが昨年あたりから目立ち始めている。俳句シーンは高齢化問題が一般社会より深刻だが、そうしたマスメディアの状況を追い風にして大いに盛り上がってほしいものだ。

そんな中、一昨年末からコミック誌“ビッグコミックオリジナル”で連載を開始した『あかぼし俳句帖』は、俳句作りを始めたばかりの中年男性・明星啓吾が主人公の俳句漫画である。傑作俳句漫画としてはこれまでも山頭火の生涯を描いた『まっすぐな道でさみしい』(いわしげ孝・著)などがあったが、『あかぼし俳句帖』は現代の俳句初心者の作句心理がリアルに描かれていて面白い。
明星は以前、宣伝部でコピーライター泣かせの社員として幅をきかせていたが、現在は広報部の窓際族となって欝々とした日々を送っている。ある日、小料理屋で美女のスイちゃん(水村翠)と隣り合わせになり、彼女が俳人だと知ると、下心を含めて自分も俳句を作ってみようと思い立つ。勢いに任せて作った「若造に叱られてるよ秋の空」を、翠から「立派な句」と言われて調子に乗る。そんな明星を翠はたしなめつつ、「俳句はコミュニケーションなんです。その人を、もっと知る手がかり」と語るのだった。
明星は文字を扱う仕事に就いていたのでプライドが高く、なかなか俳句の世界になじめない。そんな折、翠の所属する結社“帆風”の句会に参加。句会の進行法や選句の手順を習う。句会には頑固爺さんや世話焼き婆さんなど、どこの句会にも実際にいそうなキャラクターが揃い、極め付けは恋敵まで登場して物語はリアルに展開していく。そして初参加にして互選での最高点をもらうのだが、主宰・白帆の選と鑑賞にショックを受けるのだった。
句作に悩みつつ明星が盛り場を歩いていると、白帆とばったり出くわし、呑み交わす。「自分には才能がない」と言う明星に、白帆は「怖がることはないですよ。怖じ気づくのは欲が出てきたからです。真剣にやるからこそ、遊びってのは楽しいんです」と諭すのだった。よく呑み、よく食べ、厳しくて、話のわかる白帆先生は、僕の師匠である故・吉田鴻司師にどこか似ていて、僕はこの漫画に親近感を持った。
その他、北鎌倉での初吟行などエピソードが満載。同時にストーリーの途中には「緑蔭に人は小さく歩み去る 星野椿」などの名句が挿入されていて、それもまた楽しめる。この吟行で明星は初めて“無点”を経験し、連衆の添削を受け、推敲の大切さを知ることになった。初学の頃の自分を思い出す俳人も多いのではないかと思う。 
 そんな明星が、自分の思いをぶつけた句「この仲でまた囲もうやうどんすき」に季語のないことに気付き、なんとか一句に成すために、彼の俳人としての初めての苦闘が始まる。『あかぼし俳句帖』は単行本として現在まで3巻が発行されていて、連載は今も続いているので、この苦闘の顛末はここでは書かない。

もし俳句に興味があり、本格的に始めたいと思っている人にはこの本を勧めたい。それが気軽に疑似体験できるコミックスの良さなのである。
 ところで、冒頭に書いた“俳句を巡る環境の変化”に気付いている人は多いだろう。たくさんの人が俳句を読む楽しさを知り、俳句を詠む喜びを味わうことは、俳句に関わる人間として大いに歓迎したい。しかし、だからといって、俳句は定型をおろそかにして成り立つものではない。『あかぼし俳句帖』で、季語を面倒に思ったり、川柳をバカにする明星に向かって、翠は「指の位置も音符もしらずにギターが弾けますか? やみくもにかき鳴らしても、音は出ますけど、それは音楽じゃない」と反論する。この「自分の心を奏でる志」が大切なのだ。
以前、この連載で紹介した村上鞆彦の『遅日の岸』が俳人協会新人賞、北大路翼の『天使の涎』が田中裕明賞と、今年は三十代の作家が立て続けに受賞した。両者はそれぞれの句集で、確かに自分を奏でている。若い世代にまったく句風の異なる両極端の作家がいる。しかも二人は友人関係にある。この幸運が俳句界に何をもたらすのか。 
狭い視野で俳句を語る時代は終わった。「プレバト!!」や『あかぼし俳句帖』にある俳句のエンターテイメントとしての側面や、すべての季語が今の時代に有効なのかという本質的な問いかけなど、論議すべき課題は山ほどある。俳人協会主催の今年の「花と緑の吟行会」での講演で、今井聖理事が「俳句をダメにする類型語」について語ったと聞いた。まことに機を得た主張であると思う。俳壇に必要なのは、年齢だけの若返りではなく、古びた価値観の駆逐である。
さて、初心の明星が今後、どんな俳人に育っていくのか。楽しみに見守りたいと思う。
「語りたきこと多すぎて冷奴 明星啓吾」

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BOOK by Yu-ichi HIRAYAMA

弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2016.07.19
プレバトの俳句コーナー・ファンにおススメのコミックス

『あかぼし俳句帖』 原作・有間しのぶ 作画・奥山直 小学館・刊

 人気バラエティ番組『使える芸能人は誰だ!?プレッシャーバトル!!』(略称・プレバト)の俳句コーナーや、Eテレで月一放送の『NHK俳句さく咲く』など、旧来とは違う切り口で俳句の裾野を広げてくれる動きが昨年あたりから目立ち始めている。俳句シーンは高齢化問題が一般社会より深刻だが、そうしたマスメディアの状況を追い風にして大いに盛り上がってほしいものだ。

そんな中、一昨年末からコミック誌“ビッグコミックオリジナル”で連載を開始した『あかぼし俳句帖』は、俳句作りを始めたばかりの中年男性・明星啓吾が主人公の俳句漫画である。傑作俳句漫画としてはこれまでも山頭火の生涯を描いた『まっすぐな道でさみしい』(いわしげ孝・著)などがあったが、『あかぼし俳句帖』は現代の俳句初心者の作句心理がリアルに描かれていて面白い。
明星は以前、宣伝部でコピーライター泣かせの社員として幅をきかせていたが、現在は広報部の窓際族となって欝々とした日々を送っている。ある日、小料理屋で美女のスイちゃん(水村翠)と隣り合わせになり、彼女が俳人だと知ると、下心を含めて自分も俳句を作ってみようと思い立つ。勢いに任せて作った「若造に叱られてるよ秋の空」を、翠から「立派な句」と言われて調子に乗る。そんな明星を翠はたしなめつつ、「俳句はコミュニケーションなんです。その人を、もっと知る手がかり」と語るのだった。
明星は文字を扱う仕事に就いていたのでプライドが高く、なかなか俳句の世界になじめない。そんな折、翠の所属する結社“帆風”の句会に参加。句会の進行法や選句の手順を習う。句会には頑固爺さんや世話焼き婆さんなど、どこの句会にも実際にいそうなキャラクターが揃い、極め付けは恋敵まで登場して物語はリアルに展開していく。そして初参加にして互選での最高点をもらうのだが、主宰・白帆の選と鑑賞にショックを受けるのだった。
句作に悩みつつ明星が盛り場を歩いていると、白帆とばったり出くわし、呑み交わす。「自分には才能がない」と言う明星に、白帆は「怖がることはないですよ。怖じ気づくのは欲が出てきたからです。真剣にやるからこそ、遊びってのは楽しいんです」と諭すのだった。よく呑み、よく食べ、厳しくて、話のわかる白帆先生は、僕の師匠である故・吉田鴻司師にどこか似ていて、僕はこの漫画に親近感を持った。
その他、北鎌倉での初吟行などエピソードが満載。同時にストーリーの途中には「緑蔭に人は小さく歩み去る 星野椿」などの名句が挿入されていて、それもまた楽しめる。この吟行で明星は初めて“無点”を経験し、連衆の添削を受け、推敲の大切さを知ることになった。初学の頃の自分を思い出す俳人も多いのではないかと思う。 
 そんな明星が、自分の思いをぶつけた句「この仲でまた囲もうやうどんすき」に季語のないことに気付き、なんとか一句に成すために、彼の俳人としての初めての苦闘が始まる。『あかぼし俳句帖』は単行本として現在まで3巻が発行されていて、連載は今も続いているので、この苦闘の顛末はここでは書かない。

もし俳句に興味があり、本格的に始めたいと思っている人にはこの本を勧めたい。それが気軽に疑似体験できるコミックスの良さなのである。
 ところで、冒頭に書いた“俳句を巡る環境の変化”に気付いている人は多いだろう。たくさんの人が俳句を読む楽しさを知り、俳句を詠む喜びを味わうことは、俳句に関わる人間として大いに歓迎したい。しかし、だからといって、俳句は定型をおろそかにして成り立つものではない。『あかぼし俳句帖』で、季語を面倒に思ったり、川柳をバカにする明星に向かって、翠は「指の位置も音符もしらずにギターが弾けますか? やみくもにかき鳴らしても、音は出ますけど、それは音楽じゃない」と反論する。この「自分の心を奏でる志」が大切なのだ。
以前、この連載で紹介した村上鞆彦の『遅日の岸』が俳人協会新人賞、北大路翼の『天使の涎』が田中裕明賞と、今年は三十代の作家が立て続けに受賞した。両者はそれぞれの句集で、確かに自分を奏でている。若い世代にまったく句風の異なる両極端の作家がいる。しかも二人は友人関係にある。この幸運が俳句界に何をもたらすのか。 
狭い視野で俳句を語る時代は終わった。「プレバト!!」や『あかぼし俳句帖』にある俳句のエンターテイメントとしての側面や、すべての季語が今の時代に有効なのかという本質的な問いかけなど、論議すべき課題は山ほどある。俳人協会主催の今年の「花と緑の吟行会」での講演で、今井聖理事が「俳句をダメにする類型語」について語ったと聞いた。まことに機を得た主張であると思う。俳壇に必要なのは、年齢だけの若返りではなく、古びた価値観の駆逐である。
さて、初心の明星が今後、どんな俳人に育っていくのか。楽しみに見守りたいと思う。
「語りたきこと多すぎて冷奴 明星啓吾」

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店