HAIKU

2019.03.14
『メモの魔力』 前田裕二・著  幻冬舎・刊

ベストセラー『メモの魔力』の著者である前田裕二氏に、昨年十一月にお会いした。釧路で開かれたオープン・カレッジ“エンジン01”に講師として参加した際、ゲストで招かれていた前田氏を紹介されたのだった。

今年で三十二才になる前田氏は、仮想ライブ空間「SHOWROOM」を設立。代表取締役社長を務めていて、新しい着想でビジネスを展開して注目を浴びる若手起業家を代表するひとりである。「SHOWROOM」はアイドルやタレントなどさまざまな表現活動をする人たちが、パフォーマンスを生配信できるサービスで、双方向であるため、見た人が彼らをスムーズに応援できる仕組みを持っている。

 

釧路でお会いしたとき、前田氏は話している間、ずっとスマホをいじっていた。こうしたサービスは24時間稼働しているので、何が起こっているのかをいつも注視していなければならない。僕はそうした仕事をしている人に多々会うが、場合によっては不快に感じる人がいたりする。だが、前田氏は手を動かしながらもこちらの話を真摯に聞いていて、会話も上手で、「仕事熱心な人だな」と思ったものだった。

その際、前田氏に俳句を勧めてみると、おおいに興味を示し、氏はある新年句会にやって来た。句は作って来なかったものの、選に参加。連衆(句会のメンバー)が句について議論している間もまたスマホをいじっていたので、「忙しい仕事だね」と声を掛けると、「いえ、皆さんのお話をメモしてるんです」と答えた。前田氏はスマホで仕事のチェックをしていたのではなく、相手の話を徹底的にメモしていたのだった。前田氏は“メモ魔”と呼ばれるほどの聞き上手、分析上手で、日常生活や会話の中からビジネスのヒントを得ているという。

『メモの魔力』を読んでみると、そこには彼の“人生のコツ”がすべて公開されていた。第一章「メモで日常をアイデアに変える」から始まって、第五章「メモは生き方である」まで、彼の実践してきたやり方が書かれ、終章の「ペンをとれ。メモをしろ。そして人生を、世界を変えよう」では“自己分析1000問”を用意して読者に思考と行動の変革を迫る。しかし押しつけがましさは微塵もなく、優しくさえ感じた。それは彼が幼少期からずっと苦労して、自分の道を切り拓いてきたからだろうと思われた。

 

さて句会である。前田氏は倍賞千恵子さんの作った「寒林に力いっぱい落ちる陽よ」(季語:寒林 冬)を特選に挙げた。理由を聞くと、「この俳句には相反する要素が三つあって、それが面白かった」という。「一つ目は、寒い“寒林”と暖かい“太陽”。二つ目は、“寒林”という尖ったものと、“太陽”という丸いもの。三つ目は、“力いっぱい”という言葉は上昇をイメージさせるが、“落ちる”という反対の言葉を形容している。それが一つの句になって、鮮明な映像を呼び起こすところが印象に残った」と。

俳句は初めてという前田氏の理路整然とした鑑賞に、連衆一同は驚くとともに、歓声を上げたのだった。そしてこれも、メモの成果だと言った。おそらく前田氏は直感でこの句を選び、自分にとって何がよかったのかの理由付けを、連衆の言葉に求めた結果なのだろう。

『メモの魔力』からは、この素晴らしい鑑賞を生んだ前田氏の姿勢と感性が随所に読み取れる。

まずは物事を“抽象化”する技術。たとえば「映画『君の名は。』の面白さを1分で伝えるには」という設問がある。もし「どんな映画だった?」という問いであれば、具体的なストーリーを3時間にわたって話すことができる。だが、面白さを短い言葉で表わすには、膨大な事象の抽象化が必要になる。

「去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子」(季語:去年今年 新年 読み方 こぞことし)

これは、生活を抽象化した句の最高峰の一つだ。俳句は具象を大切にするが、稀に抽象化して真実に至る句がある。

また前田氏は、人の心を動かすには「生きた言葉」を使うことが重要だとする。この生きた言葉は、俳句そのものを指しているようにも思える。

「霜降れば霜を楯とす法の城  虚子」(季語:霜 冬)

病み上がりの虚子が、数年ぶりに開いた句会に出した句。俳句の道を邁進する決意がみなぎっていて、連衆の心を動かしたという。「霜を楯とす」という毅然とした中七が、生きている。

また、意外な言葉の組み合わせを作り出し、その結び付きを考える「抽象化ゲーム」を勧める。「人生は小龍包だ」というテーマを元に、共通点を論議する。ただの面白がりではなく、一歩踏み込むことで、二つの言葉に通底する“何か”を探し出す。それは俳句の「付く、付かない」の議論に似ている。

「鯛焼にある糊しろに似たるもの 岡崎るり子」(季語:鯛焼 冬)

鯛焼のはみ出した部分を見つめて糊しろに達するには、かなりの訓練が必要だ。反対に、糊しろを見て鯛焼を思い浮かべたのか。もしかすると前田氏のメモにも「鯛焼→糊しろ」なんていう一行があってもおかしくない。

 

それにしても“自己分析1000問”を実行すると、あなたの俳句が変わるかも。前田氏と俳句会で次に会う機会が楽しみでならない。

「赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)」(季語:椿の花 春)

 

俳句結社誌『鴻』2019年3月号

コラム“ON THE STREET”より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2019.03.14
『メモの魔力』 前田裕二・著  幻冬舎・刊

ベストセラー『メモの魔力』の著者である前田裕二氏に、昨年十一月にお会いした。釧路で開かれたオープン・カレッジ“エンジン01”に講師として参加した際、ゲストで招かれていた前田氏を紹介されたのだった。

今年で三十二才になる前田氏は、仮想ライブ空間「SHOWROOM」を設立。代表取締役社長を務めていて、新しい着想でビジネスを展開して注目を浴びる若手起業家を代表するひとりである。「SHOWROOM」はアイドルやタレントなどさまざまな表現活動をする人たちが、パフォーマンスを生配信できるサービスで、双方向であるため、見た人が彼らをスムーズに応援できる仕組みを持っている。

 

釧路でお会いしたとき、前田氏は話している間、ずっとスマホをいじっていた。こうしたサービスは24時間稼働しているので、何が起こっているのかをいつも注視していなければならない。僕はそうした仕事をしている人に多々会うが、場合によっては不快に感じる人がいたりする。だが、前田氏は手を動かしながらもこちらの話を真摯に聞いていて、会話も上手で、「仕事熱心な人だな」と思ったものだった。

その際、前田氏に俳句を勧めてみると、おおいに興味を示し、氏はある新年句会にやって来た。句は作って来なかったものの、選に参加。連衆(句会のメンバー)が句について議論している間もまたスマホをいじっていたので、「忙しい仕事だね」と声を掛けると、「いえ、皆さんのお話をメモしてるんです」と答えた。前田氏はスマホで仕事のチェックをしていたのではなく、相手の話を徹底的にメモしていたのだった。前田氏は“メモ魔”と呼ばれるほどの聞き上手、分析上手で、日常生活や会話の中からビジネスのヒントを得ているという。

『メモの魔力』を読んでみると、そこには彼の“人生のコツ”がすべて公開されていた。第一章「メモで日常をアイデアに変える」から始まって、第五章「メモは生き方である」まで、彼の実践してきたやり方が書かれ、終章の「ペンをとれ。メモをしろ。そして人生を、世界を変えよう」では“自己分析1000問”を用意して読者に思考と行動の変革を迫る。しかし押しつけがましさは微塵もなく、優しくさえ感じた。それは彼が幼少期からずっと苦労して、自分の道を切り拓いてきたからだろうと思われた。

 

さて句会である。前田氏は倍賞千恵子さんの作った「寒林に力いっぱい落ちる陽よ」(季語:寒林 冬)を特選に挙げた。理由を聞くと、「この俳句には相反する要素が三つあって、それが面白かった」という。「一つ目は、寒い“寒林”と暖かい“太陽”。二つ目は、“寒林”という尖ったものと、“太陽”という丸いもの。三つ目は、“力いっぱい”という言葉は上昇をイメージさせるが、“落ちる”という反対の言葉を形容している。それが一つの句になって、鮮明な映像を呼び起こすところが印象に残った」と。

俳句は初めてという前田氏の理路整然とした鑑賞に、連衆一同は驚くとともに、歓声を上げたのだった。そしてこれも、メモの成果だと言った。おそらく前田氏は直感でこの句を選び、自分にとって何がよかったのかの理由付けを、連衆の言葉に求めた結果なのだろう。

『メモの魔力』からは、この素晴らしい鑑賞を生んだ前田氏の姿勢と感性が随所に読み取れる。

まずは物事を“抽象化”する技術。たとえば「映画『君の名は。』の面白さを1分で伝えるには」という設問がある。もし「どんな映画だった?」という問いであれば、具体的なストーリーを3時間にわたって話すことができる。だが、面白さを短い言葉で表わすには、膨大な事象の抽象化が必要になる。

「去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子」(季語:去年今年 新年 読み方 こぞことし)

これは、生活を抽象化した句の最高峰の一つだ。俳句は具象を大切にするが、稀に抽象化して真実に至る句がある。

また前田氏は、人の心を動かすには「生きた言葉」を使うことが重要だとする。この生きた言葉は、俳句そのものを指しているようにも思える。

「霜降れば霜を楯とす法の城  虚子」(季語:霜 冬)

病み上がりの虚子が、数年ぶりに開いた句会に出した句。俳句の道を邁進する決意がみなぎっていて、連衆の心を動かしたという。「霜を楯とす」という毅然とした中七が、生きている。

また、意外な言葉の組み合わせを作り出し、その結び付きを考える「抽象化ゲーム」を勧める。「人生は小龍包だ」というテーマを元に、共通点を論議する。ただの面白がりではなく、一歩踏み込むことで、二つの言葉に通底する“何か”を探し出す。それは俳句の「付く、付かない」の議論に似ている。

「鯛焼にある糊しろに似たるもの 岡崎るり子」(季語:鯛焼 冬)

鯛焼のはみ出した部分を見つめて糊しろに達するには、かなりの訓練が必要だ。反対に、糊しろを見て鯛焼を思い浮かべたのか。もしかすると前田氏のメモにも「鯛焼→糊しろ」なんていう一行があってもおかしくない。

 

それにしても“自己分析1000問”を実行すると、あなたの俳句が変わるかも。前田氏と俳句会で次に会う機会が楽しみでならない。

「赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)」(季語:椿の花 春)

 

俳句結社誌『鴻』2019年3月号

コラム“ON THE STREET”より加筆・転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店