MUSIC

2018.06.30
感動を呼ぶ映画『フジコ・ヘミングの時間』
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映画『フジコ・ヘミングの時間』 小松莊一良・監督 日活・配給

 

初めてフジコ・ヘミングのピアノを聴いたときの驚きは忘れられない。彼女の指先からこぼれる音のひとつひとつが輝いていた。仕事柄、たくさんのピアノ演奏を聴いてきたが、初めて出会う音色だった。彼女の奏でる音の全てに、感情が込められていた。現代の音楽は、おおむね“クール”なものが歓迎される。自分を客観的に突き離し、感情をむき出しにはしない。しかしフジコの音楽はまるで違っていた。彼女は演奏する曲に、徹底的に自分の感情を盛り込む。クールな音楽に慣れていた僕にとって、それは衝撃ですらあった。

喜怒哀楽を隠さず表わす。しかもフジコがピアノに込める感情は、少女そのものだ。彼女が少女時代に最初に志した演奏のイメージを、いまだに持ち続け、それに忠実であろうとする。たとえばフジコが弾くショパンの「ノクターン第2番 変ホ長調」を聴いていると、少女の頃の彼女がどんな歩き方をしていたのかが容易に想像できる。

フジコは戦前、日本人ピアニストの母とスウェーデン人デザイナーの父との間にベルリンで生まれ、東京・青山で育った。五才から母の手ほどきでピアノを始め、その後、ナチスに追われて日本に移住していた世界的ピアニストのレオニード・クロイツァー氏に師事する。機械的に弾くのではなく、「ピアノで歌いなさい」と教えられたという。またクロイツァー氏は、さまざまな曲をフジコの目の前で弾いてくれたのだった。この時期に感得したことを、フジコは今も持ち続けている。そしてそのことが、彼女の人生を決定付けた。

フジコは戦後の物不足の時代を、持ち前の少女らしい工夫で代用食のホットケーキを焼いたり、母に習った裁縫でオシャレを楽しんだ。音楽に限らず、こうした少女のキラキラとした生活全体を、彼女は絵日記として残している。

数々の受賞を果たし、ドイツへ留学。だが大チャンスを得たリサイタルの直前に風邪をこじらせ、聴力を失うという不運に見舞われた。それからは苦労の連続だった。「私の出番は天国だろう」と思っていたという。

それでもピアノ教師をしながら、コンサート活動を続け、フジコが六十代後半になったとき、一九九九年に放送されたNHKのドキュメント番組が反響を呼び、デビューCD『奇蹟のカンパネラ』が大ヒット。その後は日本国内はもとより、世界各国でコンサートを開催するようになった。

彼女のピアノを聴きに来るのは、クラシック・ファンだけではない。普段はあまりクラシックに縁のないOLや主婦層が詰めかける。面白いのは、コンサートが終わった後だ。帰途に就く観客たちの顔は、一様にキラキラしている。まるで少女のような表情を浮かべていて、それまで忘れていたトキメキを取り戻したかのように見える。これがフジコのピアノの力であり、フジコ自身が“少女の心”を持ち続けてきたからこそ起こる奇跡なのだと思う。クールを志向する時代に背を向け、フジコはロマンティックなピアノを貫いた。それゆえフジコは世界に発見され、フジコのピアノは少女性を忘れかけた世代の女性に強く響く。

「ひな寿司の具に初蝶がまぜてある 金原まさ子」(季語:初蝶 春)

この句は作者が百二歳で発表した句集『カルナヴァル』に収録されている。まさ子もまたフジコと同様に、若い感覚をフリーズドライし続けた作家だった。四十九才で俳句を始め、その後、五十年以上にわたって個性的な句を作り続けたのだった。

読んだ人や聴いた人に勇気や元気を与えるのは、簡単なことではない。ましてや遥か年下の人間の感情を揺さぶることは、並大抵ではできない。それをあっさりとやってのける二人の高齢女性のエネルギッシュな創作活動には圧倒されるばかりだ。フジコがキラキラのピアニストだとしたら、まさ子はワクワクの俳人だ。「人生百年時代」と言われる昨今だが、こうした先駆者がいることは非常に心強い。

今回、紹介する『フジコ・ヘミングの時間』は、八十代半ばを迎えたフジコの現在を追うドキュメンタリー映画で、ヨーロッパや南北アメリカ、日本でコンスタントにコンサートを行なう旅の様子や、留学時代の思い出の地であるドイツ、下北沢やパリでの猫に囲まれた生活に加えて、ロングインタビューも収録されていて、彼女のピアノと人生観を形作った秘密が明らかにされる。小松監督の手になる映像は美しく、その向こうに深い愛情が感じられて快い。

僕は小松監督とは30年来の付き合いで、音楽に多大な好奇心をもって接する映像作家だと感じてきた。氣志團万博や安室奈美恵の映像ディレクターとして活躍する人で、今回はフジコを題材に新境地を獲得することに成功したのが何より嬉しい。

圧巻はフジコの運命を拓いた「ラ・カンパネラ」の演奏シーンだ。昨年末、撮影されたフジコの最新のパフォーマンスは、スクリーンを通してでも圧倒的な感動を呼ぶ。少女の魂の宿った演奏は、もしかすると聴き手が年齢を重ねれば重ねるほど、感動が大きくなるのかもしれない。

『フジコ・ヘミングの時間』はこの六月にシネスイッチ銀座でロードショーが始まり、その後、全国で公開される。僕はこの映画のパンフレットに解説を書かせてもらった。また前述の絵日記は『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』として「暮しの手帖」社から先日、刊行され、ベストセラーとなっている。こちらも終戦直後の少女の生活が、水彩絵具でみずみずしく描かれていておススメしたい。

人生は長い時間をかけて自分を愛する旅とするフジコの人生哲学は、この時代にこそ有効だ。

「春暁の母たち乳をふるまうよ  まさ子」(季語:春暁 春)

 

『フジコ・ヘミングの時間』の拡大上映情報

6/22より

・109シネマズ二子玉川

・109シネマズ湘南

 

6/30 より

・シネ・リーブル池袋

・YEBISU GARDEN CINEMA

・川崎チネチッタ

 

7月から

・千葉、埼玉3館

 

7/21より

・島根・Tジョイ出雲

 

この記事は俳句結社誌『鴻』2018年7月号より加筆転載

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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感動を呼ぶ映画『フジコ・ヘミングの時間』
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映画『フジコ・ヘミングの時間』 小松莊一良・監督 日活・配給

 

初めてフジコ・ヘミングのピアノを聴いたときの驚きは忘れられない。彼女の指先からこぼれる音のひとつひとつが輝いていた。仕事柄、たくさんのピアノ演奏を聴いてきたが、初めて出会う音色だった。彼女の奏でる音の全てに、感情が込められていた。現代の音楽は、おおむね“クール”なものが歓迎される。自分を客観的に突き離し、感情をむき出しにはしない。しかしフジコの音楽はまるで違っていた。彼女は演奏する曲に、徹底的に自分の感情を盛り込む。クールな音楽に慣れていた僕にとって、それは衝撃ですらあった。

喜怒哀楽を隠さず表わす。しかもフジコがピアノに込める感情は、少女そのものだ。彼女が少女時代に最初に志した演奏のイメージを、いまだに持ち続け、それに忠実であろうとする。たとえばフジコが弾くショパンの「ノクターン第2番 変ホ長調」を聴いていると、少女の頃の彼女がどんな歩き方をしていたのかが容易に想像できる。

フジコは戦前、日本人ピアニストの母とスウェーデン人デザイナーの父との間にベルリンで生まれ、東京・青山で育った。五才から母の手ほどきでピアノを始め、その後、ナチスに追われて日本に移住していた世界的ピアニストのレオニード・クロイツァー氏に師事する。機械的に弾くのではなく、「ピアノで歌いなさい」と教えられたという。またクロイツァー氏は、さまざまな曲をフジコの目の前で弾いてくれたのだった。この時期に感得したことを、フジコは今も持ち続けている。そしてそのことが、彼女の人生を決定付けた。

フジコは戦後の物不足の時代を、持ち前の少女らしい工夫で代用食のホットケーキを焼いたり、母に習った裁縫でオシャレを楽しんだ。音楽に限らず、こうした少女のキラキラとした生活全体を、彼女は絵日記として残している。

数々の受賞を果たし、ドイツへ留学。だが大チャンスを得たリサイタルの直前に風邪をこじらせ、聴力を失うという不運に見舞われた。それからは苦労の連続だった。「私の出番は天国だろう」と思っていたという。

それでもピアノ教師をしながら、コンサート活動を続け、フジコが六十代後半になったとき、一九九九年に放送されたNHKのドキュメント番組が反響を呼び、デビューCD『奇蹟のカンパネラ』が大ヒット。その後は日本国内はもとより、世界各国でコンサートを開催するようになった。

彼女のピアノを聴きに来るのは、クラシック・ファンだけではない。普段はあまりクラシックに縁のないOLや主婦層が詰めかける。面白いのは、コンサートが終わった後だ。帰途に就く観客たちの顔は、一様にキラキラしている。まるで少女のような表情を浮かべていて、それまで忘れていたトキメキを取り戻したかのように見える。これがフジコのピアノの力であり、フジコ自身が“少女の心”を持ち続けてきたからこそ起こる奇跡なのだと思う。クールを志向する時代に背を向け、フジコはロマンティックなピアノを貫いた。それゆえフジコは世界に発見され、フジコのピアノは少女性を忘れかけた世代の女性に強く響く。

「ひな寿司の具に初蝶がまぜてある 金原まさ子」(季語:初蝶 春)

この句は作者が百二歳で発表した句集『カルナヴァル』に収録されている。まさ子もまたフジコと同様に、若い感覚をフリーズドライし続けた作家だった。四十九才で俳句を始め、その後、五十年以上にわたって個性的な句を作り続けたのだった。

読んだ人や聴いた人に勇気や元気を与えるのは、簡単なことではない。ましてや遥か年下の人間の感情を揺さぶることは、並大抵ではできない。それをあっさりとやってのける二人の高齢女性のエネルギッシュな創作活動には圧倒されるばかりだ。フジコがキラキラのピアニストだとしたら、まさ子はワクワクの俳人だ。「人生百年時代」と言われる昨今だが、こうした先駆者がいることは非常に心強い。

今回、紹介する『フジコ・ヘミングの時間』は、八十代半ばを迎えたフジコの現在を追うドキュメンタリー映画で、ヨーロッパや南北アメリカ、日本でコンスタントにコンサートを行なう旅の様子や、留学時代の思い出の地であるドイツ、下北沢やパリでの猫に囲まれた生活に加えて、ロングインタビューも収録されていて、彼女のピアノと人生観を形作った秘密が明らかにされる。小松監督の手になる映像は美しく、その向こうに深い愛情が感じられて快い。

僕は小松監督とは30年来の付き合いで、音楽に多大な好奇心をもって接する映像作家だと感じてきた。氣志團万博や安室奈美恵の映像ディレクターとして活躍する人で、今回はフジコを題材に新境地を獲得することに成功したのが何より嬉しい。

圧巻はフジコの運命を拓いた「ラ・カンパネラ」の演奏シーンだ。昨年末、撮影されたフジコの最新のパフォーマンスは、スクリーンを通してでも圧倒的な感動を呼ぶ。少女の魂の宿った演奏は、もしかすると聴き手が年齢を重ねれば重ねるほど、感動が大きくなるのかもしれない。

『フジコ・ヘミングの時間』はこの六月にシネスイッチ銀座でロードショーが始まり、その後、全国で公開される。僕はこの映画のパンフレットに解説を書かせてもらった。また前述の絵日記は『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』として「暮しの手帖」社から先日、刊行され、ベストセラーとなっている。こちらも終戦直後の少女の生活が、水彩絵具でみずみずしく描かれていておススメしたい。

人生は長い時間をかけて自分を愛する旅とするフジコの人生哲学は、この時代にこそ有効だ。

「春暁の母たち乳をふるまうよ  まさ子」(季語:春暁 春)

 

『フジコ・ヘミングの時間』の拡大上映情報

6/22より

・109シネマズ二子玉川

・109シネマズ湘南

 

6/30 より

・シネ・リーブル池袋

・YEBISU GARDEN CINEMA

・川崎チネチッタ

 

7月から

・千葉、埼玉3館

 

7/21より

・島根・Tジョイ出雲

 

この記事は俳句結社誌『鴻』2018年7月号より加筆転載

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著・平山 雄一
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