MUSIC

2021.03.18
【カーリングシトーンズ 2021年3月ライブ雑記】

【カーリングシトーンズ 2021年3月ライブ雑記】
 2021年3月に行われたカーリングシトーンズのライブ『またか!いい加減にシトーンズ!』を観た。東京ガーデンシアターで行われた15、16日の2日間のうち、僕が行ったのは16日。彼らのライブを観るのは一昨年の12月以来だから、実に15ヶ月ぶりとなる。

 寺岡シートン、奧田シトーン、浜崎シトーン、キングシトーン、トータスシトーン、斉藤シトーンという多彩なメンバーは、80年代後半から90年代にかけて起こったバンドブームの“良心”の集合体ともいえる。全員がライブのスペシャリストであり、全員が飛び抜けたユーモアセンスの持ち主で、まるで“音楽の大喜利”のようなライブが面白くないわけがない。友達同士の他愛ない雑談のような楽しさがあって、ある意味、このコロナの時代に最も必要とされるライブなのである。16日のライブも、乾いて固くなってしまっていたオーディエンスたち(僕も含めて)の心を、ときほぐすような愉快な内容だった。

 僕はカーリングシトーンズの6人とデビューの頃から付き合いがあり、それぞれの節目節目のライブを観てきた。だからこそ、彼らが2018年にカーリングシトーンズを結成したのが嬉しかったし、メンバー自身がこのバンドを目一杯楽しんでいるのがよく分かる。彼らは人間的にも音楽的にもお互いをリスペクトし合っていて、カーリングシトーンズのすべてがそこから始まっている。

 たとえばトータスシトーン作詞作曲のアーシーなブルース「わかってさえいれば」は、トータス自身によるブルースギターの弾き語りから始まる。ブルースは彼の大切なルーツミュージックであり、それをよく理解して斉藤シトーンはドラムを叩き、奧田シトーンはベースを弾き、浜崎シトーンはブルージーなキーボードワークでしっかりサポートする。
キングシトーン作詞作曲の「マホーのペン」はメンバー全員のルーツとも言うべき忌野清志郎に捧げたと思われる曲。ここではトータスシトーンが渾身のマウスハープ(ブルースハーモニカ)ソロを決めて、全員のリスペクトを代弁する。こんな美しいバンドミュージックには、滅多に出会えない。 

 かと思うと、斉藤シトーン作詞作曲の「出会いたい」では、50代の男たちの妄想が爆発。6人がそれぞれの経験や願望から「こんな子(娘)に出会いたい」と絶叫する姿は、赤裸々過ぎて爆笑を呼ぶ。まるで打ち上げや呑みの席で飛び交うエロトークをそのまま歌にしたような世界観は、このバンドにしかできない芸当だろう。ここではトータスシトーンがパワフルなドラムを叩き、キングシトーンがマウスハープを吹きまくって、斉藤シトーンを盛り立てる。
寺岡シトーンの「Oh! Shirry」は、ただただ♫オシリ、オシリ♪と連呼する歌で、寺岡自身がドライブの効いたベースを弾いてポップなロックンロールに仕立て上げる。「出会いたい」も「Oh! Shirry」も本当にしょーもない内容の歌なのだが、演奏がカッコいいから文句のつけようがないのだ。 

 そんなライブの合間に、トータスシトーンが「ドラムから見る景色って、いいよね。みんなの背中が見えて、その向こうにお客さんが見えて」としみじみ言うと、同じくドラムを叩く奧田シトーンが「ほんとにそうだよね」と相槌を打つ。すると次の曲でキングシトーンがドラムのトータスシトーンの背後に立って、“ドラムからの景色”をニコニコしながら堪能しているではないか。そんな素直なバンドマン同士の化学反応が伝わって、オーディエンスたちも自然と笑顔になったのだった。

 全曲の歌詞がスクリーンに映し出されるので、オーディエンスはストレスなく楽しめる。また楽器の持ち替えやポジションチェンジのたびに、メンバーは自分のマイクを持って移動するのでコロナ対策もバッチリ。そんなライブを観ながら、僕はかつて観たいろんなシーンを思い出していた。
ウルフルズとスピッツと奧田シトーンが鳥取県の境港で共演したイベント“ガッツな息子がキラリ☆”(1996年)やら、奧田シトーンと寺岡シトーンが結成した“寺田”のツアー・ファイナルの寺田倉庫ライブ(1992年)やら、浜崎シトーンと斉藤シトーンが一緒に作った同郷青春ソング「オリオン通り」(2004年)やら、地球三兄弟にトータスシトーンが乱入したライブ(2013年)やら、さまざまなエポックが脳裏に浮かんできた。
 その全部がゴチャ混ぜになって押し寄せてきたのは「夢見心地あとの祭り」だった。骨太のブギーのリズムに乗って歌われるリリックの端々に、6人のカーリングシトーンズへの思いが溢れ出る。キングシトーンの映画『ブルース・ブラザース』ばりのマウスハープから始まったソロ回しの後、メンバー紹介で奧田シトーンがウイスキーの水割りをグビリと飲む。こんなにも自由で、こんなにも楽しいライブがあるなんて。ライブシーンが苦境におちいっている昨今、本当に“救われる思い”がした。

 このライブでカーリングシトーンズは新しいアルバムの制作と、ライブツアーの開催を約束してくれた。それが早く実現することを楽しみに、僕はあとちょっと頑張ろうと思ったのだった。

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2021.03.18
【カーリングシトーンズ 2021年3月ライブ雑記】

【カーリングシトーンズ 2021年3月ライブ雑記】
 2021年3月に行われたカーリングシトーンズのライブ『またか!いい加減にシトーンズ!』を観た。東京ガーデンシアターで行われた15、16日の2日間のうち、僕が行ったのは16日。彼らのライブを観るのは一昨年の12月以来だから、実に15ヶ月ぶりとなる。

 寺岡シートン、奧田シトーン、浜崎シトーン、キングシトーン、トータスシトーン、斉藤シトーンという多彩なメンバーは、80年代後半から90年代にかけて起こったバンドブームの“良心”の集合体ともいえる。全員がライブのスペシャリストであり、全員が飛び抜けたユーモアセンスの持ち主で、まるで“音楽の大喜利”のようなライブが面白くないわけがない。友達同士の他愛ない雑談のような楽しさがあって、ある意味、このコロナの時代に最も必要とされるライブなのである。16日のライブも、乾いて固くなってしまっていたオーディエンスたち(僕も含めて)の心を、ときほぐすような愉快な内容だった。

 僕はカーリングシトーンズの6人とデビューの頃から付き合いがあり、それぞれの節目節目のライブを観てきた。だからこそ、彼らが2018年にカーリングシトーンズを結成したのが嬉しかったし、メンバー自身がこのバンドを目一杯楽しんでいるのがよく分かる。彼らは人間的にも音楽的にもお互いをリスペクトし合っていて、カーリングシトーンズのすべてがそこから始まっている。

 たとえばトータスシトーン作詞作曲のアーシーなブルース「わかってさえいれば」は、トータス自身によるブルースギターの弾き語りから始まる。ブルースは彼の大切なルーツミュージックであり、それをよく理解して斉藤シトーンはドラムを叩き、奧田シトーンはベースを弾き、浜崎シトーンはブルージーなキーボードワークでしっかりサポートする。
キングシトーン作詞作曲の「マホーのペン」はメンバー全員のルーツとも言うべき忌野清志郎に捧げたと思われる曲。ここではトータスシトーンが渾身のマウスハープ(ブルースハーモニカ)ソロを決めて、全員のリスペクトを代弁する。こんな美しいバンドミュージックには、滅多に出会えない。 

 かと思うと、斉藤シトーン作詞作曲の「出会いたい」では、50代の男たちの妄想が爆発。6人がそれぞれの経験や願望から「こんな子(娘)に出会いたい」と絶叫する姿は、赤裸々過ぎて爆笑を呼ぶ。まるで打ち上げや呑みの席で飛び交うエロトークをそのまま歌にしたような世界観は、このバンドにしかできない芸当だろう。ここではトータスシトーンがパワフルなドラムを叩き、キングシトーンがマウスハープを吹きまくって、斉藤シトーンを盛り立てる。
寺岡シトーンの「Oh! Shirry」は、ただただ♫オシリ、オシリ♪と連呼する歌で、寺岡自身がドライブの効いたベースを弾いてポップなロックンロールに仕立て上げる。「出会いたい」も「Oh! Shirry」も本当にしょーもない内容の歌なのだが、演奏がカッコいいから文句のつけようがないのだ。 

 そんなライブの合間に、トータスシトーンが「ドラムから見る景色って、いいよね。みんなの背中が見えて、その向こうにお客さんが見えて」としみじみ言うと、同じくドラムを叩く奧田シトーンが「ほんとにそうだよね」と相槌を打つ。すると次の曲でキングシトーンがドラムのトータスシトーンの背後に立って、“ドラムからの景色”をニコニコしながら堪能しているではないか。そんな素直なバンドマン同士の化学反応が伝わって、オーディエンスたちも自然と笑顔になったのだった。

 全曲の歌詞がスクリーンに映し出されるので、オーディエンスはストレスなく楽しめる。また楽器の持ち替えやポジションチェンジのたびに、メンバーは自分のマイクを持って移動するのでコロナ対策もバッチリ。そんなライブを観ながら、僕はかつて観たいろんなシーンを思い出していた。
ウルフルズとスピッツと奧田シトーンが鳥取県の境港で共演したイベント“ガッツな息子がキラリ☆”(1996年)やら、奧田シトーンと寺岡シトーンが結成した“寺田”のツアー・ファイナルの寺田倉庫ライブ(1992年)やら、浜崎シトーンと斉藤シトーンが一緒に作った同郷青春ソング「オリオン通り」(2004年)やら、地球三兄弟にトータスシトーンが乱入したライブ(2013年)やら、さまざまなエポックが脳裏に浮かんできた。
 その全部がゴチャ混ぜになって押し寄せてきたのは「夢見心地あとの祭り」だった。骨太のブギーのリズムに乗って歌われるリリックの端々に、6人のカーリングシトーンズへの思いが溢れ出る。キングシトーンの映画『ブルース・ブラザース』ばりのマウスハープから始まったソロ回しの後、メンバー紹介で奧田シトーンがウイスキーの水割りをグビリと飲む。こんなにも自由で、こんなにも楽しいライブがあるなんて。ライブシーンが苦境におちいっている昨今、本当に“救われる思い”がした。

 このライブでカーリングシトーンズは新しいアルバムの制作と、ライブツアーの開催を約束してくれた。それが早く実現することを楽しみに、僕はあとちょっと頑張ろうと思ったのだった。

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弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店