HAIKU

2018.12.13
『朝鮮民謡選』 金素雲・訳編  岩波文庫・刊
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金素雲は1907年に韓国・釜山で生まれ、1920年に来日。ニュース配信社の記者として働きながら、朝鮮農民歌謡の収集を始めた。それが認められて、北原白秋や岩波書店創業者の岩波茂雄らの後援を受けて文筆活動を開始。本書『朝鮮民謡選』は初期の著作で、1933年に刊行され、それまでほとんど知られていなかった朝鮮民衆の生活に即した民謡を日本語に訳して紹介し、日本の文化人に大きな影響を与えた。

今から85年前に世に出たこの本の民謡の一篇を、僕はテレビで偶然見かけてその面白さに魅かれ、今回、取り上げることにした。

 

「春の日永の縫い仕事 処子(むすめご)たちの手すさびよ、ぐるぐる回る糸ぐるま 婆さん方の手すさびよ、五月水田の草取りは 百姓衆の手すさびよ、山の枯草掻き採るは 作男(モスム)たちの手すさびよ」

これは「手すさび」と題された一篇。『朝鮮民謡選』には、仕事に関するものが多い。手すさびは漢字で“手遊び”と書く。日々いそしむ労働の厳しさを強調するのではなく、為すべきことを受け入れた生活者たち=百姓の労働歌としてこの一篇はあるのだろう。どこかのどかで、自分たちの暮しを肯定する響きがある。

こうした民謡を聞き取り取材するにあたって、金素雲(以下・金)には相当の苦労があった。本所や深川あたりの東京のドヤ街には朝鮮各地から労働者たちが集っていたが、二十才そこそこの若者が力仕事の荒くれをつかまえて民謡を聞かせてほしいと頼んでも、簡単にラチが明くはずはなかった。しかし「その難儀を承知で私が母国の口伝民謡に執心したのは、そこに歪められぬ素朴な郷土の詩心があり、民族のたどった心の歴史が汲みとられたから」であり、それ以上に「祖国への望郷の想いのはけ口を、そんなところに見い出そうとしたからではあるまいか」と、金は後書きで述懐している。

 

儒教思想を永らく信奉してきた朝鮮では、伝統や身分を重視する気風が日本よりもずっと強く残っていた。金が日本と朝鮮を往復しながらこの本を編んだ昭和初期には、そうした慣習が支配的だった。

「上手」と題された民謡は、以下のように唄う。

「山奥の娘等は薪割りが上手、町方の娘等は商いが上手、海辺の娘等は貝採りが上手、両班の娘等は昼寝が上手、百姓の娘等は草取りが上手、草取りばかりか紡ぎも上手」

これもまた“仕事の唄”だ。支配階級である両班(ヤンバン)の娘には皮肉を浴びせ、百姓の娘は褒めちぎる。泥臭い我田引水ではあるが、それがなんとも心地よい。最後に付け加えられている「草取りばかりか紡ぎも上手」で言葉のリズムを変え、唄い手にも聴き手にもカタルシスをもたらすという民謡ならではの工夫がある。そうした素朴な生活実感を味わえるのが、『朝鮮民謡選』の最大の魅力になっている。

「繭煮ゆる夜の匂いを忘れず 橋本夢道」(季語:繭煮る 夏)

金とほぼ同時期の1903年に生れた夢道は、プロレタリア俳句を目指した。この句では自分と労働との関わりが客観的に詠われている。夢道の句には義憤が込められていて、メッセージ性が強い。逆に言えば、仕事を“手遊び”として詠う余裕があってもいいのではと思う。

金や夢道の少し後に生れた金子兜太は、こう詠んだ。

「男鹿の荒波黒きは耕す男の眼」(季語:耕す 春)

「木曽のなあ木曽の炭馬並び糞る」(季語:炭 冬)

兜太の句には、働く者の誇りが全面に顕われている。同時に牧歌的な雰囲気もあり、民謡に近い遊びも含まれていて、兜太の俳句の器の大きさを改めて感じる。

 

『朝鮮民謡選』には労働に関するものの他に、さまざまなテーマの民謡が収められている。

「白い頭巾で 隠した顔を 梨の花かと見違うた。 そっと忍んだ そなたの顔を 月が出たかと見違うた」

この「頭巾」という民謡は七七七五調で整えられ、題材も恋物語なので、日本の都々逸にとても似ている。似ているどころか「星の数ほど 男はあれど 月と見るのは 主ばかり」という、ほぼ同じ展開の都々逸があったりして、日朝の庶民感覚の近さに安心する。こういう時代だからこそ、朝鮮民族の文化に対する理解を深めることが大切だとも思う。

「暑さ盛りの六月に 妾を売って 扇を買うて 九月十月 霜置くころに 売った妾が忘られず」

この「妾」という民謡は、寓話のようでもあり、悲劇のようでもあり、どこかクスリと笑えてユーモラスでもある。理屈ではないところで人間の悲喜劇を描き、その先には理不尽な社会への批判も含まれていて、不思議な味わいがある。金の仕事の意義は、こうしたところにあるのではないかと思う。

 

僕がこの本でいちばん好きなのは、「尼の庵」という一篇だ。長いので、冒頭部分のみ紹介する。

「花籠菜籠を 小脇にかかえ 山々奥山 わけいって 肥えた山菜を摘み集め一度サラリとゆで上げて 前の小川であくを出し 後の川でちょとゆすぎ 三年経しの胡椒薬味 五年醤油で味をつけ(以下、略)」

質素だが情緒豊かな生活が活写されていて、ご馳走のレシピがそのまま唄になっている。こうした暮しは、おそらく韓国でも北朝鮮でもすでに失われてしまっているだろう。だが金の言う“郷土の詩心”は、今も色褪せない。そして日本にも郷土の詩心をたっぷり抱えた俳句がある。

「紫蘇しぼりしぼりて母の恋しかり 橋本多佳子」(季語:紫蘇の実 秋)

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BOOK by Yu-ichi HIRAYAMA

弱虫のロック論2 GOOD CRITIC
著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店
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2018.12.13
『朝鮮民謡選』 金素雲・訳編  岩波文庫・刊
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金素雲は1907年に韓国・釜山で生まれ、1920年に来日。ニュース配信社の記者として働きながら、朝鮮農民歌謡の収集を始めた。それが認められて、北原白秋や岩波書店創業者の岩波茂雄らの後援を受けて文筆活動を開始。本書『朝鮮民謡選』は初期の著作で、1933年に刊行され、それまでほとんど知られていなかった朝鮮民衆の生活に即した民謡を日本語に訳して紹介し、日本の文化人に大きな影響を与えた。

今から85年前に世に出たこの本の民謡の一篇を、僕はテレビで偶然見かけてその面白さに魅かれ、今回、取り上げることにした。

 

「春の日永の縫い仕事 処子(むすめご)たちの手すさびよ、ぐるぐる回る糸ぐるま 婆さん方の手すさびよ、五月水田の草取りは 百姓衆の手すさびよ、山の枯草掻き採るは 作男(モスム)たちの手すさびよ」

これは「手すさび」と題された一篇。『朝鮮民謡選』には、仕事に関するものが多い。手すさびは漢字で“手遊び”と書く。日々いそしむ労働の厳しさを強調するのではなく、為すべきことを受け入れた生活者たち=百姓の労働歌としてこの一篇はあるのだろう。どこかのどかで、自分たちの暮しを肯定する響きがある。

こうした民謡を聞き取り取材するにあたって、金素雲(以下・金)には相当の苦労があった。本所や深川あたりの東京のドヤ街には朝鮮各地から労働者たちが集っていたが、二十才そこそこの若者が力仕事の荒くれをつかまえて民謡を聞かせてほしいと頼んでも、簡単にラチが明くはずはなかった。しかし「その難儀を承知で私が母国の口伝民謡に執心したのは、そこに歪められぬ素朴な郷土の詩心があり、民族のたどった心の歴史が汲みとられたから」であり、それ以上に「祖国への望郷の想いのはけ口を、そんなところに見い出そうとしたからではあるまいか」と、金は後書きで述懐している。

 

儒教思想を永らく信奉してきた朝鮮では、伝統や身分を重視する気風が日本よりもずっと強く残っていた。金が日本と朝鮮を往復しながらこの本を編んだ昭和初期には、そうした慣習が支配的だった。

「上手」と題された民謡は、以下のように唄う。

「山奥の娘等は薪割りが上手、町方の娘等は商いが上手、海辺の娘等は貝採りが上手、両班の娘等は昼寝が上手、百姓の娘等は草取りが上手、草取りばかりか紡ぎも上手」

これもまた“仕事の唄”だ。支配階級である両班(ヤンバン)の娘には皮肉を浴びせ、百姓の娘は褒めちぎる。泥臭い我田引水ではあるが、それがなんとも心地よい。最後に付け加えられている「草取りばかりか紡ぎも上手」で言葉のリズムを変え、唄い手にも聴き手にもカタルシスをもたらすという民謡ならではの工夫がある。そうした素朴な生活実感を味わえるのが、『朝鮮民謡選』の最大の魅力になっている。

「繭煮ゆる夜の匂いを忘れず 橋本夢道」(季語:繭煮る 夏)

金とほぼ同時期の1903年に生れた夢道は、プロレタリア俳句を目指した。この句では自分と労働との関わりが客観的に詠われている。夢道の句には義憤が込められていて、メッセージ性が強い。逆に言えば、仕事を“手遊び”として詠う余裕があってもいいのではと思う。

金や夢道の少し後に生れた金子兜太は、こう詠んだ。

「男鹿の荒波黒きは耕す男の眼」(季語:耕す 春)

「木曽のなあ木曽の炭馬並び糞る」(季語:炭 冬)

兜太の句には、働く者の誇りが全面に顕われている。同時に牧歌的な雰囲気もあり、民謡に近い遊びも含まれていて、兜太の俳句の器の大きさを改めて感じる。

 

『朝鮮民謡選』には労働に関するものの他に、さまざまなテーマの民謡が収められている。

「白い頭巾で 隠した顔を 梨の花かと見違うた。 そっと忍んだ そなたの顔を 月が出たかと見違うた」

この「頭巾」という民謡は七七七五調で整えられ、題材も恋物語なので、日本の都々逸にとても似ている。似ているどころか「星の数ほど 男はあれど 月と見るのは 主ばかり」という、ほぼ同じ展開の都々逸があったりして、日朝の庶民感覚の近さに安心する。こういう時代だからこそ、朝鮮民族の文化に対する理解を深めることが大切だとも思う。

「暑さ盛りの六月に 妾を売って 扇を買うて 九月十月 霜置くころに 売った妾が忘られず」

この「妾」という民謡は、寓話のようでもあり、悲劇のようでもあり、どこかクスリと笑えてユーモラスでもある。理屈ではないところで人間の悲喜劇を描き、その先には理不尽な社会への批判も含まれていて、不思議な味わいがある。金の仕事の意義は、こうしたところにあるのではないかと思う。

 

僕がこの本でいちばん好きなのは、「尼の庵」という一篇だ。長いので、冒頭部分のみ紹介する。

「花籠菜籠を 小脇にかかえ 山々奥山 わけいって 肥えた山菜を摘み集め一度サラリとゆで上げて 前の小川であくを出し 後の川でちょとゆすぎ 三年経しの胡椒薬味 五年醤油で味をつけ(以下、略)」

質素だが情緒豊かな生活が活写されていて、ご馳走のレシピがそのまま唄になっている。こうした暮しは、おそらく韓国でも北朝鮮でもすでに失われてしまっているだろう。だが金の言う“郷土の詩心”は、今も色褪せない。そして日本にも郷土の詩心をたっぷり抱えた俳句がある。

「紫蘇しぼりしぼりて母の恋しかり 橋本多佳子」(季語:紫蘇の実 秋)

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著・平山 雄一
出版社: KADOKAWA / 角川書店